■ 巻 頭 言
山が動く (社)福岡市薬剤師会 会長 三津家正友

4月25日、第25会通常代議員会において再度会長職の大任を仰せつかりました。

過去2年間、900名の会員諸君と共々薬剤師の職能高揚をめざして、また、歴代全長を中J山こ多くの先達が育まれた「福岡市薬剤師会」の組織と多大な財産を守るべく努力して参りました。今後さらに2年間、この大任を果たすその責任の重さを思うとき、身の引き締まる思いであります。

さて、今医療界、なかんずく薬業界は、まさに維新前夜の感の中にあります。さる4月1日より実施されている「社会保険診療報酬」の改正は、従来の単なる値上げ、値下げではなく、その中に大きな流れの変化が感じられます。

厚生省では従来は、薬務局が分業に対する微風を送っておりましたが、現在では保険局が中心で、厚生省あげて「良質の医療」の旗のもとに、完全に分業指向で動いているといえます。

このことは、院外処方せんが出やすくなった、出しやすくなった、というに留まらずもはや出さざるを得なくなったということであります。先の診療報酬改正は、そのことを意味している訳です。

福岡市の大型総合病院においても、院外処方せん発行について諸々の検討が行われていると聞いております。また、その他の病院、診療所等でも処方せん発行について非常な関心が高まっており、すでに動き出している所もあります。

会員諸君には、今医薬分業という大きな山が動き出しているという現実を直視していた だかねばなりません。木や森を見ているときではないのです。

この大きな山が動くとき、薬剤師会という一組織内で考えていた医薬分業に対する善なるもの、悪なるものを区別することなく、大きな激流となって、多くの全員が押し流され、あるいは、その中に埋没してしまう恐れさえあるからです。

また一方、厚生省は「地域医療」という旗のもとで、「良質で効率な医療」を提供すべく、三師会をはじめその他の医療機関、地方行政、それに地域住民を含めて協議し、地域の実情にあった形での実現を早急に求めております。

このような状況を勘案しますと、福岡市薬剤師会が進めてきた国立病院の処方せん応需対策とその実績は、大きなPR効果を持っものであり、今後の指標ともなるもので、さらに完全なものになるよう努力が必要です。

そして私共薬剤師は、薬剤師本来の姿を見直し、薬剤師職能について研唐を重ね、「信頼される薬剤師像」を行政を含め、地域住民の方々にアピールしなければなりません。

ところで、公衆衛生活動の一環である学校保健活動もこの流れの中で捉える必要があります。分業の進展とともに会員活動が制約されるというむずかしい面もあります。その中での会員の増強、活動内容の充実、そして対外的地位の向上を目指し、市薬として取り組め、というのが先の学業総会で会長職を兼務させられた意味だと受け止めております。

会長職の重大さを充分踏まえて努力する所存です。会員諸君のご協力をお願い致します。

<私と薬> 女性主役時代 九州女子短期大学 教授 竹井広太

ケンカ太郎こと武見太郎氏が日本医師会会長だったころのことですから、随分古いお話です。私が西日本新聞東京支社に勤務していた当時、マスコミ嫌いで知られたこのワンマン会長に、ある政治家を介してインタビューを申し入れ、うまくOKとなりました。しかし「なんだか時代劇に出てくる将軍家お抱え御典医みたいな悪役イメージの人だな」と思っているうちに、インタビューはものの五分と続かずに終わったのでした。

「現在の医術は、算術であって仁術には程遠いのではないか。日本人が薬漬けになっているのは医師の利潤優先主義と製薬会社の結託によるものではないか。医師会は農協と並んで、わが国の政治的二大圧力団体と思うがいかがか」というのが、私の冒頭の質問事項でした。そして「無礼者っ、帰りたまえ」というのが会長の返事でした。一瞬お互いに血相を変えて、相手を罵倒しあってインタビュー中断となったのでした。

若気の至りと申しましょうか、そのころ、私は「新聞記者」という肩書きの名刺を、葵の御門が入った水戸黄門様の印龍に限りなく近いものだと思い込んでいたようです。実際、高名な政治家も政府の高官も、日本を代表する有力な財界人も、薄っぺらな一枚の名刺に鷹揚な笑顔を見せ、忍耐強く適当に取材に付き合って下さったものでした。

ところが、老いの一徹のケンカ太郎先生は「若気の至り記者」にレベルを合わせて、本気でやりあって下さったのです。その意味では希少価値的存在でした。今の私でしたら、ケンカ太郎がいかに偉大な会長であるか、名医であるか、国民医療に心血を注いでいる仁術医であるか、てなことを並べてご老体のご機嫌をとりながら本音を吐かせるテクニックを持ちあわせています。が、やはり若かったのですね。

さてはともかく、ここで私が申し上げたかったのは、ケンカ太郎ちゃんの思い出話ではなくて、日本の医療問題を背負う三本柱「三師会」の中で、良さにつけ悪しきにつけて派手に話題になる主役は医師会であったということに言及したかったのであります。それに比べ、柱の一つ薬剤師会は、国民生活に極めて身近な存在でありながら、印象が地味で、脚光を浴びることのない代わりに悪役になることもなかったようです。つまり、福岡県薬剤師会荒巻会長の言葉を借りれば「縁の下の力持ち」ということになります。まさに仰せの通りですが、沈黙と謙虚という美徳も時によりけりで、その存在と社会的貢献度をアピールすることで組織を活性化し、地域医療への積極化を推進することも必要なのではないでしょうか。

ここで話はがらりと変わります。もう三年も前になると思いますが、西日本新聞の健康ページに「医薬分業」の記事を掲載したさい、福岡市医師会広報担当の山本理事さんから「薬剤師会関係者の意見も載せてはどうか」というご意見をいただき、福岡市薬剤師会広報担当理事さんの原稿を頂だいしました。その筆者が、この「市薬会報」編集者で編集後記に毎回ウイットとユーモアをちりばめた達者な文章(小生は毒筆と申しておりますが)を書いて世間様を騒がせておられる木原先生だっ たのであります。医薬分業の原稿は、荒巻会長のご意見も伺ったうえで無事紙面に掲載させていただき、それをきっかけに市薬の三津家会長や藤原副会長(当時)など諸先生に親しくして頂くようになったものでした。

「縁は異なもの」と申しますが、医薬分業の原稿がご縁となりその後、木原先生に「クスリの話」という連載をお願いしましたが、それが一冊の単行本として五月に西日本新聞社から刊行されました。連載中から読者に大変好評で出版を望む声が多く、新聞社側としてもかねてからその予定でしたし、それによって薬剤師及び薬剤師会の社会的アピールに繋がればという目的もありました。著者の長期間にわたるご苦労には改めて敬服する次第ですが、そのことは本の巻頭で福岡大学学長や県薬会長が述べられております。

さて、ちょっとここでお話が私事にわたって恐縮でございますが、私はこの春、新聞社を定年退職しまして、北九州市八幡西区にある九州女子大・同短大の教師に転身致しました。ここは女の園であると共に、優秀な女性教官陣が名を連ねていらっしゃいます。その中のお一人に、九大医学部薬学科(現薬学部)出身で自然食の権威である食品学の福原洋子教授がおられ、最近著書「自然食」も刊行されてマスコミに紹介されていますが、薬学研究者の活躍ということは私にとって身近で頼もしい存在に思えるのです。記者生活中に薬剤師会の城戸嘉寿子先生や末永幾代先生など優れた女性リーダーの方々ともお知り合いになれて光栄に存じていますが、これからは薬剤師会も女性主役の時代を迎えるのではないでしょうか。

「いやいや、まだまだ主役の座は渡せない」という男性優位社会はいずれ崩壊して、組織行政や学術の上でも、女性主役の時代がやってきます。三師会の中では、数的にも女性優位を確立しつつある薬剤師全が最も早くそれを達成するのではないかとひそかに期待しています。実は小生はかねてから女性興国論者なのであります。では、市薬の益々のご隆盛と会員諸賢のご健勝を祈って筆を置きます。 (了)

西日本新聞 3.23(インタビュアー 竹井記者)

<特集・新聞に投稿して> KIHARA大語録 (社)福岡市薬剤師会 専務理事 戸田昭洋

フクニチ新聞に投稿する際、私に電話口で吐かれた私が記憶する木原先生語録の一部。

「あんたの原稿ネ、これエッセイやろうもん、エッセイはもうちょっと、名の知れた人が書くったい。あんた、なにさまと思うとうと、書き直しんしゃい!」

「あんたの原稿の2枚目の3行から、削除するけん。医師会・歯科医師会との兼合いもあるっちゃけん、もうちょっと、そこらへん配慮して書かなネ。常務理事(当時)やろー」

「会話調は、あんまり、関心せんけど、問にあわんけん、今度だけヨ」

「あんた、ツヤーに書こうと思うとろー。こげん専門語ぽっかり、並べたら、読む人にわかりにくかっちゃなかと、もおちょっと分かりやすう書かな。フクニチの記事は、あんただけが読みよっちゃなかっちゃけん。あんたの一人よがりの文章じゃ、読者はついてきんしゃれんと。みんなお金ば、払ろうて読みござろうが!」

「センテンスの長すぎるったい。昔の野坂昭如ば、気どっとったっちゃいかんと。読む身になって改行せな」

「なんばしようとネ。原稿がまだこんばってん、あんた私の後輩ちゅうことば、わすれとらんめえネ」

「忙がしか?わかっとうくさ。ばってん、暇は自分で作らな。一日や二日、徹夜したっちや死なせんと。一食や二食、抜いたっちゃ病気には、ならせんけん!」

「もお書かんて言うたげなネ。よお考えて言いよっちゃろうネ!生半可な覚悟やなかっちやろうネ。人間、生きとううちには色々あると、いろんなことに出おうて、対処する時に一番大事かとは、冷静さば失わんことヨ。血気にはやると、人生、失敗するけんネ」

フクニチ新聞に「とっておきのくすり学」がいつ連載されたのか、わすれた。私がどれだけ投稿したのかも、覚えていない。でも木原げん先生の吐かれた言の中のいくらかは憶えている。

<特集・新聞に投稿して> 「可愛がられて、幸せにネ」 城南支部 別府部会 サカタ薬局 坂田博子

唐突ですが、我が家には犬が2匹います。彼と彼女は年の差はあるけれどいつも一緒ですこぶる仲が良い。家族全員で2世の誕生を楽しみにしている。今春は残念ながら期を逸したが、秋にはとまだ見たこともない2世の誕生に思いを馳せ、一人笑いをしたり、引き取り先の条件をいろいろつけては落ち着かない。子犬の運命は引き取り先で決まってしまうと心配になる。空想は果てしなく広がっていく。まだ必ず生まれるとは決まっていないのにと家人からはアホかと言われている。

私の初めての新聞投稿「とっておきのくすり学」投稿後の気分も正にそれなのです。「子犬ちゃん、可愛がられて幸せになるんだよ」ならぬ「原稿よ、沢山の人に読まれると良いね」なんて。言い足りないことや言い過ぎたこと、どこまで書いて良いのか考えるときりがない。 不安と喜びの混ざりあった落ち着かない気持ちでした。

そもそもふとしたきっかけで「くすり学」のメンバーとなり、他の先生方の足を引っ張らぬ様、すごく緊張してたんですね。1回目の血圧計の時はコチコチの文章なんですもの。2回目は少し緩んで、是非とも書かなくてはと患っていたカルシウム括抗剤。3回目はこれも患者さんの顔を思い浮かべながら書いたアルコールと薬の話。でも、不思議なんですよ、掲載されたそれは手元の原稿用紙とは違い、今までの私のバタバタや思わくなんてそしらぬ顔でしっかり紙面に座っているんです。何かこそばゆい感じ。しかしながら、これも10人位のメンバーで10週に1回というペースだからこそできたのであって。毎週執筆の木原先生、冷川先生の偉大さには改めて畏敬の思いです。3回の投稿で苦労話なんてとんでもないこと。とっても楽しい経験でした。文才なんてさらさら無い私が3回も書けたのはやはり、木原先生を始め沢山の先生方のご指導のお陰です。ありがとうございました。

フクニチ新聞の購読者は近所に少なく、そこでコピーをとりこの人にはと患う人に読んで頂いた。「ふむ、ふむ、こんなこともしてあるのですねえ」と、さらりと感想を述べて下さった。その時、閃いたこと、薬局内で投薬や販売に携わることも大切な仕事だが、その場を離れて薬剤師としての活動も意義あることだ。社会一般への薬剤師のアピール、どんどんやるべきだ、と。ある研修会で聞いた話ですが、今、人が望んでほしいと思っているもの。その1番目は健康、2番目は文化、3番目は忘れてしまいましたが、やはり一番の関心は健康なんですね。そこで薬剤師として応えられると素晴らしい。風雲急を告げています。たった3回の投稿で少し生意気になっちゃいました。でも何のことはない。今まで幾度も諸先生方が声高に叫んでこられたことなんですね。自覚の遅いだけのことでした。でもこう思わしめる新聞の投稿の力の大きさよ。

許せるものなら、会員全員で投稿なんて素敵でしょうね。

新聞の家庭欄は特に楽しんで親しまれている紙面、西日本新聞の前の木原先生の「くすりの話」に今、連載中の冷川先生の「身近な薬草」をお客様にしっかりアピールしたら「読んでますよ。読んでますよ。」と嬉しいお返事でした。

原稿4回目の構想中、意外なフクニチの休刊の記事、「経営に行きづまっての休業は残念であり、福岡の顔が消えるようで寂しい」と。社員の方々は大変だろうと沈んでいると4月22日付の新聞に再発行に向けて活動を始めていると載っていました。凄いですね。その片隅の記事を見てとかく緩みそうな心に活!私も陰ながら応援しています。そしていつの日か又、くすり学も再開されることを期待して。

P.S.木原先生、お世話になりました。先生の前向きのお姿、さわやかな風をありがとうございました。

'92.4.26記

<特集・新聞に投稿して> 初めての新聞投稿 九州大学医学部附属病院 薬剤部 牧野和隆

昨年から始まった九大薬学部公開講座のおり、福岡市薬剤師会の木原先生が当薬剤部樋口助教授(現在薬学部教授)に依頼されたのがきっかけで、「とっておきのくすり学」に投稿する機会を得ました。新聞に薬の記事を書くのは始めてでしたので、木原先生の文章(特にオチの部分)を専ら参考にさせていただきました。

最初に書いたのが「クスリによる中毒」の話でした。日常の業務で取り扱っている内容ですので、張り切って筆を進めました。しかし、勢い余って余りにも中毒に片寄った内容になったため、木原先生から指摘され、幅広い層の読者を対象として記事を執筆する上での広い視野の必要性を痛感しました。このことは、その後記事を書く上での私の基本姿勢となっており、貴重な経験でした。

また、木原先生に校正していただく過程で、点眼液など病院と薬局では主に置いている規格が違うことなどを教えられ大変勉強になりました。

MRSAについてまとめた時は、その記事の掲載の是非をめぐって病院の内外から様々な意見を賜わりました。ご存じのように、いろんな難しい問題を含むトピックスですが、前向きの意見に支えられて思いきって掲載させていただきました。今患えばこれで良かったとは思っていますが、一般の読者の方の感想も気になるところです。

それにしても、市薬の先生方に文章の上手な方がたくさんいらっしゃるのには驚きます。藤原先生には文章作りのノウハウを詳細にわたって教えていただきました。毎週金曜日は「今週はどなたが書いてあるのかな?」と楽しみでした。このように、この仕事に参加させてもらったお陰で、多くの先生方と面識を持てたのも大変幸せなことでした。

また、一般の患者さんがクスリに対していったい何を知りたいのか、原稿を書くときにいっも考えるようになりました。今までに4稿ほど書きましたが、しばらくさぼっていたので、そろそろ次をと考えていた矢先、フクニチ新聞社のニュースを聞きました。この仕事でお世話になりましたし、地元の小周りのきく新聞社だったので、1日も早く復刊できるように祈っています。

最後に、福岡市薬剤師会の益々のご発展をお祈りいたします。

<特集・新聞に投稿して> 肩に力が! 入部薬局 橋口扶佐子

原稿の依頼を受けた直後に、新聞でフクニチ休刊の報を読み、ショックを受けています。 弱小企業が大資本の前に敗れ去るのを見るのは、薬業界を振り返ってみても、つらいものがあり、焦燥に駆られます。

薬剤師会の為に紙面を割いて下さったフクニチに、また一開局薬剤師にすぎない私に投稿の機会を与えて下さった薬剤師会に、又、木原先生に感謝の言葉を捧げます。

今回は残念な事態になりましたが、こういう薬剤師会の広報活動は今後ますます重要になってくると思います。薬剤師の社会的地位の向上の為、広報担当の先生方のご活躍をお祈りします。

さて、新聞連載に参加させて頂いて、お客様からの反響は数は少なかったけれども嬉しいものでした。電話をかけてきてくれたり、コピーして持ってきてくれたり。町の薬屋さんも安売りしている店ばかりではないと少しでも解ってもらえたら嬉しいことです。

店頭で値切る客に会うと、「あなたは、いったい何を求めて私の店に来られたのですか?身体を良くしたいと思って、情報を求めて来られたのではないのですか?ただ安いだけでいいのなら、ドーゾ、他の店に行って下さい」と言いたくなることが、時々あります。そういう時、薬剤師の職能を常々アピールすることの必要性を痛感します。まさか医者にいって値切る人もいないでしょうし、薬局では値切れると思われているのが悔しいのです。気高く商売をする為には、こちらも日々研鉾を積まねばなりませんが。

文章を書く事も、勉強する良い機会になりました。おかげで、入れ歯洗滌剤と、染毛剤に関しては、プロフェッショナルです。しかし本当は、こういう薬学の周辺部の知識ではなく、漢方で医療にどこまで迫れるか、といった医師の領域に抵触するかも知れないけど本当に書きたい事が書けるようになったら、と思います。

私個人に関して言えば、たとえば神経痛の患者に、消炎鎮痛剤とビタミン剤を売って、はたしてこんな対称療法で、治療と言えるのだろうかと無力感を感じた事が、漢方に目を向けるきっかけになりました。漢方は万能であるとは思いませんが、西洋薬や検査だけが全てではないという多様性を許容する視点を読者に持ってもらえたら、目的は達せられ、ひいては健保の赤字解消にも少しは貢献できるのではないかと患います。

本当は「入れ歯洗滌剤を飲んじゃった」の患者さんから電話が掛ってきた時のあわてぶりを、問い合わせた先生から笑われた楽屋のオチの話を書いて軽く仕上げるつもりが、お客様に値切られるという悔しい突発事があった為に、脱線して肩に力が入りすぎた文になってしまいました。

最後に現在西日本に薬草の話を執筆中の冷川先生にエールを送って終わりにします。

<特集・新聞に投稿して> 原稿を頼まれて、そしてこれから 博多支部 千代吉塚部会 荒巻薬局 荒巻滋

今確かそれは去年の秋だった。午前中の忙しい最中、木原先生より電話を頂いた。「フクニチ新聞に交代で原稿を書いて行くことになったのだが、そのメンバーに加わってもらえないか」という旨の電話であった。正直な話、私はしゃべるのも文章を書くのも大の苦手。小学校の1年生から中学の3年生までの9年間、通信簿の国語の点数は常に2。一瞬悩んだものの、一度は新聞に自分の文章を載せてみたいと幼少より夢見ていた私はすぐにこれを引受ける事にした。

先の事を何も考えずに引受けたもののいったい何を書いたらよいのだろうか。自分の薬局のDMならば何を書こうと責任を取るのはこの私。お客様の顔を思い浮かべ、ペンをとればほんの数分で書けてしまう。ところが新聞の場合はそうはいかない。読む人は不特定多数。そこに薬剤師として文章を載せるわけだ。

政治家と評論家の最も大きな違いをどのようにお考えだろうか。どんな些細な事でもその発言に対して責任をとらなければならないのが政治家である、どんなに立派な事を言おうとそれに責任をとらなくてよいのが評論家だと私は考えている。社会に向かって薬剤師として意見を述べる場合、決して評論家であってはならない。時に冷淡な科学の目をもって物事を見、そして判断して、それを大衆の言葉をもって具体的に人々に伝える。ややおおげさではあるが、それが最近私が辿り着いた理想であった。故に何を書くにもただただ恐ろしく、自分が薬剤師としていかに無能であるかを思い知らされる事とあいなった。

一つの原稿を書く為にすべてに裏付けをとってゆけば、あるいは満足のいく文章が書けたかもしれない。しかしそのような時間もなく、通り一遍の文章になってしまったのが残念でしかたがない。この様な大変な仕事を長期にわたって続けられ、また私の極めて稚拙な文章に御助言頂いた木原先生に心から敬意をはらうとともに深く感謝いたしております。

さて、私のこれからの計画について若干述べさせて頂きたい。私が最も人々に知らせたいと思うのは、薬は合理的に用いてこそその真価を発揮し得ると言う事である。電気、ガス、医薬品、この三者には大きな共通点がある。使い方が正しければ多大の利益を生むことができるが、逆ならば死を招く事もある。電気、ガスに関しては人々はその事をよく理解し合理的にそれらを利用する方法を心得ているようであるが、医薬品に関してはどうだろうか。今回の経験を生かし、近隣の人々の薬に対する認識を高める様、啓蒙に努めて行くつもりである。薬を合理的に使い生活をより豊かなものにして行こうと言う人が大勢いてこそ薬剤師としての真価が発揮できると思うからである。

<会員の広場> くすりのいたずら (社)福岡市薬剤師会 顧問 冨永泰資

83才老人性痴呆症。70才半ばより症状が出、夫死亡後愈々悪化。80才を越えてからは足腰達者なため夜昼おかまいなしに外出しようとする。行く先は嫁ぐ前の親もと、しかも歩いてである。特に夜になると家族が寝静まり、寂しさが頂点に達するのか、監視の日がないためか、外出しようとして家中をウロウロ歩き回り、戸をガタガタと音立てる。家族は安眠できず、また本人の体が心配になり医師に相談したところ、グッスリ眠れるようにと睡眠薬を頂く。

我々の若い時にはプロバリン、バルビタール等々、特に童に注意して投薬していたが、今回頂いた睡眠薬は、2錠飲ませなさいとのこと。 然し本人は、若い時肋膜炎で入院した際にも、1回も薬を服用せず捨ててしまったような薬嫌い。快復後50余年、服用した薬はアスピリン丈という薬嫌い。為に少々薬の効能に心配し、1錠だけを騙して飲ます。心配したように見事な効果、1時間もするとスヤスヤと眠る。家族全員その夜安眠を貪るもやはり心配。夜、二度、三度様子を見るも熟睡中。翌朝10時、12時になってもまだ起きぬ。遂には終日ゆすっても目覚めぬ程の熟睡。余程今迄の不眠で疲れているのだろう、又薬嫌いなるが故に薬が良く効いたのだろうと思いつつも多少心配。然し呼吸は正常なる為、注意しつつも3日目を迎える。多少手荒に揺り起こすも、目覚めたけれど朦朧としている。それでも無理に食事をとらせるも極わずか。之では駄目と医師の点滴を受けさせるも、針の痛さは感じるのか思いもかけぬ強さにてはね除ける。医師もそう薬効は長くは続くまいと、又夜を迎える次第。薬の効果が30年前とこんなに違うのかと驚かされると同時に、最近の薬の恐さを実感した次第である。

今一つ最近の例を書いてみる。30年来の下肢内髄の静脈癌に悩まされ、之も降圧剤性低血圧にて昏睡。救急病院にて検査の結果、高血圧もさることながら、静脈瘤の治療をせねば破裂の危険があるとのことにて、血瘤溶解剤の投与を受け現在に至る。服用1年後血瘤はほとんど消失したけれども、その時より肺結核様の軽い咳が出始め、最近はゼンソク様に変わりたる為、胸部レントゲンを撮りたるに血瘤消失前は見られなかった気管支周辺のウスいモヤの様なくもりを発見。医師の言によれば、血瘤溶解後30年も古く堅くなった血瘤が充分に溶解しきれず、それが血流に乗って肺胞に滞留してきているのではないか?そのためにゼンソク様の咳が出ていると思う。特にカゼに注意とのこと。一方では苦痛であった静脈瘤は消えたるも薬のいたずらか?その効果反転し新しい病気をもたらす結果となった。

いわゆる薬源病?である。然し、よかれと患う治療にてだれも文句は言えず、目下カゼに最も注意をし、おそらくその為に起こるであろう肺炎の予防に努力している。左様に新しい薬が研究開発されることは有り難いことなれど、かかる薬源病があることを薬剤師は知っておくべきだと思う。

最近発行される国立病院の処方を見ると1枚の処方せんに、10種以上の薬品名を見ることが多い。厚生省の指導による服薬指導、薬歴管理の重要性と薬剤師の調剤に対する認識の改善、研修、医師に対する勇気を痛感し、薬剤師会の強力な指導と薬に対する一般市民へのPRをせつに願います。

<会員の広場> 読むチクリ−1 はじめに 芥子

うちの〈カミさん〉は無類の読書家、否、乱読家である。単行本なら1〜2日、週刊誌ならたいてい半日もあれば読み上げてしまう。

そのカミさんが或時、「読むクスリ」(上前淳一郎著−文春文庫)と云うのを「これ面白いから読んでみませんか」と渡してくれた。

軽いゴシップ風の全9巻シリーズ物である。 ここには「読むクスリ」とあるから何か薬に関するエッセイ集かと思いパラパラとめくってみたら、左に非ず、下記のようなユーモアたっぷりの読み物だった。


    こわいジョーク

フィンランドは原子力発電用の核燃料をソ連から輸入している。

問題は使用済みの廃棄物で、地中に埋めるにしても、海に捨てるにしても、その処理が非常に厄介だ。

この廃棄物は原子力爆弾の材料になるのだがフィンランドにはその気もない。

すると親切にもソ連が、引き取りましょうと云ってくれた。

ほっとした当局をよそに、国民の間で流行っているジョーク。

「ソ連のやつめ、今にそいつを纏めて空から返品してくるんじゃないかね」

(読むクスリ、Part5 上前淳一郎著、文春)



それで自分の思いついたのがこの表題「読むチクリ」である。

以前にも何度か〈県薬会報〉に投稿した事があるが文中「忌悍なきご批判を」とあった ので、そのペーパーに対し率直な意見を開陳した処、次巻でこっぴどく反発を食らい、「又週刊誌的な下劣な事を書くな」と私信で抗議を受けた事もある。

又投稿しても些か差し障りのありそうな箇所は編集に際して削って来る、これでは書く意味が無いと暫く筆を休めていた。

そこにこの文庫本である。これなら行けそうだ、と再び性懲りも無く今度は短文のゴシップ風に綴って見る事にした。

真っ向正眼大上段に振りかぶったのでは角も立とうが、短文でチクリと書けば、多分見逃すだろう。と云うのが本文の狙いである。

次号から本文を書いてみる事にした。

「読むクスリ」の原書では登場人物のほとんどは実名で出て来ているが、本文では原則的に実名は出さない。然し紙上いくら少年A、Bと書いた処で、関係者ないしは近隣者なら凡その見当がつく様に、匿名であっても察しの着くものである。又ネタ仕入に皆さんの処へもじかにお伺いする事もあろうかと思うので、その節は是非ご協力頂きたい。

又ペンネームは〈芥子〉とした。

元国立福岡中央病院 薬剤部長 清水貞知



群なるサラリーマンの新神経症が急浮上しているが、その原因の最たるものが上司にあると云われている。

去る2月16日付けの西日本新聞によれば30〜35才の独身OLの二人に一人は上司の管理能力に疑問を持っていると云う。第一生命保険のシンクタンク「ライフデザイン研究所」がこの程纏めた20〜35才の独身OL、575人の調査で次のような結果が出たと云う。

1 制服が良くない 27.3%
2 自分の能力が生かせない 22.6
3 上司の管理能力に疑問 22.3
4 付き合いたいと思う男性がいない 17.9

特に30〜35才のOLは実に51.8%が上司の能力に疑問をもっているそうだ。 病院の薬局にこの数字が直ちに当て蕨まるのか、それは知らない。

だが、昔の話し、病院薬局長の仕事くらい楽な仕事はなかった。「三ず主義」即ち「休まず、遅れず、仕事せず」に徹しておれば、寧ろそれが最高の薬局長の存在だった。なまじか他の領域に首突っ込んで、とやかく口出せば却って叩かれた。

だが臨床薬学等と云う新分野が拓けている昨今では事情から異なっているに違いない。 この事は何も病院薬局には限らない。開局薬剤師にしても、分業が進めば複数の薬剤師を雇用する事態になる事は必定である。

昔悪妻に巡りあわせたら「一生の不作」と嘆かれた。今や「人間五十年」、どころか「人生80年の時代」、悪妻ならぬ出来の悪い上司に居座られたら一生の不作どころではなく慢性疲労症候群予防対策の方が先決だ。

<会員の広場> 進化論の島・ガラパゴス諸島 博多支部 住吉部会 はなたれ薬局 冷川襄

(前号より)

夜が明け、朝食前に庭に出る。K氏とNo女史が既に座りこんでフィンチの群れをながめている。スズメくらいの小鳥で、ダーウィンに進化論を思いっかせるきっかけの生物である。くちばしが分類の基準になり、それぞれの生活域で形態が変わる。朝食後このホテルを発つ。バスで島を縦断し、子舟でバルトラ島へ戻る。飛行機が到着後、別の船着場にバスで移り、千舟でサンタクルス号へ乗船する。 オリエンテーションを受け、昼食後よりクルーズを開始する。ノースセーモア島に上陸する。 サンタクルス号は1,500トンの船で900人乗れる。上陸の際はいっでも小船で渡る。上陸したとたん、顔の横で何かが吠えた。見てみるとアシカだった。ウミイグアナも足元にいる。ガイドのオスカル青年に従ってついて行く。道順が決められていて、そこから踏み出すとすぐ注意を受ける。パロサントとウチワサボテンの林の問を抜けていく。オオグンカンドリの営巣地へとくる。あちらこちらオオグンカンドリのひなが樹上にとまっている。親鳥は餌をとりに行っているそうだ。営巣地を抜けるとウミイグアナがゾロゾロしている。見ているとユーモラスでもある。ここはアシカの営巣地でもある。乳を飲んでいるアシカの子がかわいらしい。福岡の能古島か志賀島ぐらいの小さな島である。帰りの千舟に乗りこむ前にカニを写そうとかがみこんだところ、すべって膝と手の指をすりむいた。ここのカニは横だけでなく前にも歩け、さらにジャンプもできる。この諸島のどの島でも見られる。成長したものは、まっ赤でベニイワガ二と和名がっけられている。夜は歓迎レセプションが行われ、明日見られる動物のスライドが上映された。

12月31日、午前中は、ガラパゴス諸島きっての景勝地、バルトロメ島に上陸する。溶岩流の跡がまだくっきりと残り、奇観を呈している。植物相は非常に貧弱だ。数種類のパイオニア植物しか生育していない。時計が午前9時を指している。日本では1992年1月1日午前0時にあたる。ガイドのオスカル青年は地質学の専攻で、この諸島の成因の話になると特に熟がはいっていた。しばらくは聞いていたが次第に分からなくなり、地学の得意なNi氏とNa君に後はまかせた。島の最高点まで登った。一度船着き場まで下りて、子舟で砂浜に移動し、海水浴となった。スノーケルをつけて潜りに挑んでみたがうまくいかなかった。 裏側の砂浜がウミガメの産卵地で二匹のウミガメが甲羅干しをしているが近づくことはできなかった。午前の予定を終りサンタクルス号に引き返す。乗船の際、水で足の砂を洗い落として乗船した。昼食をとって午後3時まで昼休みとなる。かなり船が揺れる。リーダーのK氏、サブリーダーのF氏が昼食にこないままだったので、船室に行ってみるとなんとK氏は38℃の熱を出して寝ていた。F氏も寝ている。看護婦のU女史も食事をほとんど食べず、気分が悪いと言って寝ていて、とても看護の段ではない。仕方がないからK氏には熱さましを飲んで寝てもらう。自分の部屋に戻ると、同室のY君が気分が悪いという。酔い止めを渡し、しばらく寝るように勧める。今度はMo氏がムカムカするという。持参の五苓散を飲んでもらう。Si女史も昼食をほとんど食べず、寝てしまった。先程まで一緒に話していたサブリーダーのNi氏、姿が見えなくなったので、部屋に行ってみると、Se氏と共にぐっすり寝こんでいた。ラウンジでMo氏と東京から先にこの船に乗船していたSa夫人と話していると、船の横をイルカの群れがジャンプしながらついてきていた。カメラを取りに戻って、デッキに出たが、その時はもう遅かった。まわりの仲間の誰も彼も具合が悪くなると精神的にこちらもおかしくなってくる。デッキのベンチで鳳に当たりながらぼんやりし た時間を過ごしていると、とてもぜいたくな時間を過ごしているなあと思われてきた。

午後3時、ヘノベサ島へ上陸する。ここにはアカアシカツオドリが営巣している。しばらく進むとマスクドカツオドリの営巣地になる。 全く烏たちのパラダイスである。アカメカモメ、キイロカンムリサギと観察できる。タイドプールには面白いタコがいた。その後鳥のグループと海のグループに別れる。K氏は熱が出たばかりなので、海に入るのはあきらめ岩の上から、No女史に指令して、海水生物を探させている、No女史は寒さにふるえながらもすっかり、潜水のとりこになり、ウニを二種類、員を一種類持ってきた。写真を写してまた海中に返す。Se氏も水中撮影に夢中になり相当沖まで出ていった。帰船の時間が近づいてもなかなか戻ってこなかった。帰船後、夕食は年越しのパーティーとなった。料理が終るとクルー達は皆思い思いに仮装していた。そしてドンチャン騒ぎのパーティーになる。しかし、我々の仲間は一番若いY君を残して部屋に帰って寝てしまった。Y君、積極的にスペイン語を使った甲斐があったようだ。

1992年1月1日、ガラパゴスの畠めぐりも今日までとなった。午前中は、諸島中で最大の島イサベラ島の観察だ。子舟で島の周辺部を観察する。地層がきれいに見られる。ペリカンやカツオドリ、イグアナが岩の上にのんびりとしている。岩かげから、突然猫が現れる。ここでは猫の方が珍しい。少しあたりを見回して去って行った。人が持ち込んでその後に野性化したものらしい。イグアナの卵を狙うらしい。しばらく進むと岩の上にペンギンが現れた。二羽岩の上にじっと立っている。 ここは赤道直下なのだが、北極系のアシカと南極系のペンギンとが生息している。ここのペンギンはガラパゴスの固有種で体形が小さい。クジラが沖で見られるかも知れないと言われていたが、見れなかった。船を戻してタグスコープ「の湾から上陸する。パロサントの木の問に、コルディアやマクラエア、アカシアの黄色い花が目につく。木々の間を登っていくと目の前に火口湖が現れる。青いきれいな水をたたえている。この畠にはゾウガメやリクイグアナが生息しているが、そちらは見学に行けなかった。サンタクルス号へ戻り、昼食をとり3時まで昼休みとなる。午後の見学はフェルナンディナ島に上陸する。ウミイグアナがうろうろしている。ここも溶岩の島、溶岩流の跡がよく見られる。岩の間に生育しているヨウガンサボテンがかわいらしい。タイドプールではアシカの親子が遊んでいる。向こうにガラパゴスコバネウが見える。望遠レンズを船に置いたまま来たので撮影をあきらめる。岩の上にはウミイグアナが折り重なって棲息している。足元もよそ見をしているとイグアナを踏みそうになる。岬の先に到達すると目の前にガラパゴスコバネウがいた。翼が退化して飛べなくなったりの鳥である。これもガラパゴスの固有種である。アシカがあちこちに群れている。またベニイワガこも岩の上に沢山いる。やはりこのまま動物達の楽園としていっまでも残していたい。最後の見学を終り、千舟でサンタクルス号へ戻る。今日は1月1日ということで我々日本人グループ だけ夕食に刺身が出た。

1月2日ガラパゴス諸島と別れる日となった。 朝食後、スケジュールの説明がある。チェックアウトをし、千舟でバルトラ島へ渡る。空港までバスに乗り、タメ航空機でエクアドルのグアヤキルへと飛ぶ。グアヤキルのホテルに荷物を置き。街を歩いててみる。うす汚れた感じの街だ、宝石店の前には銃を持ったガードマンが警戒している。治安もよくないようだ。

1月3日グアヤキル空港から、アメリカン航空機でアメリカのマイアミへと向かう。眼下には、アンデス山脈が拡がっている。コロンビアのカリ空港に一旦着陸する。ここまでの乗客が降りた後、軍人による飛行機の点検が始まった。麻薬マフィアで有名な国だけに、トイレなどは念入りに調べられていた。点検が終った跡、コロンビアからの乗客が乗ってきた。夕方マイアミに着く。ホテルに着いて夕食は中華料理を食べに街に出た。

1月4日朝早くマイアミを発つ。アメリカン航空機でテキサスのダラス空港へ向かう。予定より1時間遅れでダラスへつく。西部劇映画でよく見かける風景だ。時間を1時間遅らす。 ところが我々が乗り継ぐ飛行機が故障の修理中で遅れるということだ。近くのハイアットホテルで昼食をとる。結局5時間遅れで出発した。成田で乗り継ぐ福岡便には間に合わなくなり、成田で泊まることになった。飛行機の中で時計を15時間進める。1月4日の日暮から5日へと日付が変わる。しかし、夜を追っかけて飛んでいるので、成田には夜明けを知らないまま午後11時に着陸する。時間は遅れたが無事に日本に帰りつく。

<会員の広場> 国立中央病院処方箋窓口にすわって 中央支部 江崎香苗

「これがFAXなんですね」「FAXって本当に便利なもんだね。我々の時代にはこの様なものはなかった」患者さんによくこの様な言葉をかけられる。電話機に吸い込まれるように入って行く処方箋を見ていると本当に相手方に送られているのだろうか不思議に思う。院外処方箋の仕事がどの様なものかも知らず国立中央病院外来窓口に座るようになって1年半、最初は電話機もなく奥に入り0発信の電話を借りて、受話器に向かって処方箋を読み上げることからはじまった。半月程すると電話兼用のFAXがおかれた。最初処方箋を送ったときはドキドキしていたが、近頃になると、並んでいる患者さんの人数を見ながら、流れるスピードの遅さにイライラしている。市薬会報に掲載された「一枚の処方箋」を読んだとき、やはり院外薬局は大変なんだと改めて患った。 FAXで送るゆえの失敗、相手方に有無を言わせず一方的に押しつける不満、見てみるまでは、すぐ薬が準備できるかわからない不安感。それ以上にNOと言えない院外薬局の方々は薬の入手に大変だと思う。医薬分業の本来の意義は別にして「院内での待ち時間の短縮」を患者さんへの院外利用のPRに用いているだけに、FAXで送られて来る処方箋に対しては、一言いいたいことが多いと思う。しかし平均50〜60枚もの処方箋を読み上げていたらトラブルも多く時間もかかりとても処理出来ないと患う。そうなるとやはりFAXはまさしくありがたい文明の力だと思う。また、この様に院外が伸びたのもこの文明の力があればこそであり、この文明の力を使用して送る姿を見ると、患者さんがきわめて安心するのである。

患者さんによっては色々のタイプがあり、ABCと勝手に色分けして接している。その中で気短のタイプAさんに属する患者さんが何人も並んでいる中、「壱岐に帰る、時間がないから院外にする。」と入手しにくい薬が何種類も書いた処方箋を持ってみえたときは、どうしようとあわててしまう。院外薬局がどの様な薬でもすぐ入手出来るシステムが、これからの一番の課題だと思う。(最も薬がすぐ手に入れば院外処方箋に対する問題はほとんど、解決したと等しいのだが)

近頃院外を使用する人数が定着し院外を利用することに対して抵抗を持たなくなったようだ。もちろん、このシステムを組んだ方々、院外薬局の努力、また国立中央病院の薬局の方々、医事課の対応の仕方のおかげはもちろんだが、患者さん同志の会話、世の中の流れが院外への理解を一層深めたのではないかと思う。この力は多分各病院にも何らかの影響を与え、結果的に院外への窓口を開くことと思う。その様になったら、院外薬局の方々の苦労は今以上になりトラブルも増えるだろうが、その時はその時で医師の処方箋に対する考え方、また患者さんの対応の仕方も変わり、院外薬局はかえって実力を発揮できる場がふえる様な気がする。薬の種類の多さや、院外、院内の値段の違い、まだまだ問題点は多いようだが、時代の流れは患者さんの足を外へ向けていくだろうと患う。「院外処方箋」という言葉を知るようになり患者さんは近くの薬局の名前を良く覚えるようになった。薬局への違う意味での理解が深まって来ている。「あの薬局でも薬を出してくれるの?」と不安げな顔が、1、2度利用するうちに「本当に院外にして助かる。」と喜びの顔に変わっているのを見ると「一枚の処方箋」が送られることにより、プラスの効果もあるのだとほっとする。患者さんのこの言葉が院外薬局への信用を深め、隣に座っている患者さんの足を外の薬局へ向かわせる結果になっている。

もしこの文明の力が故障したら、と思うと頭の中がパニックになりそうになる。

午前8時30分、国立中央病院の外来窓口にFAXをおきながら「無事送信して下さい。」と本日も祈りながら業務を始めている。

院外薬局の方々には、色々ご迷惑をお掛けしております。いっも快く対応下さいまして感謝しております。もう少し知恵のある方法で院外処方を送れるとよいのですが誠に申し訳ありません。いっも電話で失礼しておりますのでこの紙面で御挨拶させていただきます。

〔フレッシュさん紹介〕 子手鞠の花に 東支部香椎部会 オレンジ薬局 牛尾啓子

「あっ、とうとう来てしまった!」 市薬から、いっもより少し大きめの封筒で原稿用紙が送付されてきました。オープンして忙しいので、寄稿依頼を何度もお断りしたのですが……。

指折り数えると、開局して、もうすぐ9ヶ月目になります。あっという間の日々でした。 初めは「医薬分業して、患者にメリットはあるの?」なんて言われて、薬剤師の市民権のなさを痛感しました。

それからは、『調剤薬局はサービス業だ』と、肝に銘じて、患者さんに接してきました。今では、「病院に来るのが楽しみになった」(あとで薬局でおしゃべり出来るから)とか、うちで調剤していない人達からも薬の問い合わせがあったりして、少しは、薬局として、認められて来たかな一。と一人、悦にはいっています。

それから、薬歴も書くのは大変ですが、『今日のことは、今日のうちに』と、薬剤師三名、毎日、がんばっています。

また、いままで、手書きだったレセプト業務もコンピュータを導入して、余った時間を医療の勉強に使いたいと思っています。

それにしても、市薬の勉強会に出席するのは、東区からは遠くて、いっも、遅刻の常習犯です。中央区の方々には、いつもいいな−。 とみんなで話し合っています。

最後に、今、薬局の入口には、『藤』の鉢植えを置いています。

この花言葉は、『あなたを歓迎します』です。 おじいちゃん、あばあちゃん方に、大変、好評で、楽しい語らいが始まっています。スタッフの机の上には、子手鞠の花でも飾ろうと思っています。

なぜかというと、子手鞠の花言葉は『努力』だから…。

会員の皆様、今後ともよろしくご指導のほどお願い致します。

(S52.第一薬科大学卒)

■■トピックス■■ 市薬学術委員会

外用抗真菌剤の最近の進歩と治療の要点

戦中戦後のヨーチン(MIC500μG/mg)からイミグゾール(0.5μg/ml)、新薬のプテナフィン(0.007μg/ml)まで、MICは100倍以上になっても、臨床効果は100倍にあがる訳ではなく、せいぜい数%程度である。
何が真菌への薬剤の到達を妨げているのか。

(1) 薬剤の浸透性:各層が綿密に構成されておりすべて物質の透過をさせない。塗布された薬剤が1%(10,000μg/ml)であっても各層下方ではすでに100μg/mlに低下している(図1)

(2) 各層ケラチンと薬剤の結合による効果低下:内服薬剤が血液のアルブミンと結合して効果がなくなるが、同時に微量に遊離してlongactingな薬剤となるのと同じで、onceadaydrugとなる。(表1)

(3) 薬剤は経表皮と毛嚢の2つのルートより吸収される。図2はブテナフィンのパターンである。急速なカーブの下降は経表皮吸収で浅在性真菌症の存在部位を通る率が高く、鋸菌状のピークは経毛嚢吸収で毛嚢内菌の残存による生毛部白癬の翌年再発率を抑える。

(4) 浅在性真菌症治療の要点:(1)充分長期間の投与を行わねばならない。(2)角層内浸透性を高めるためには角層の水分含有率の多い時期を選ぶこと。(3)びらん面があれば先ずそれを治療後に抗真菌剤を使用する。


(みずみしの特効薬はいつの日か?)

PTV Vol.5,7(3)FEB.,1992

うつ病治療法

うつ病の時点有病率は、3〜5%と高率を示している。内科と精神科の共同研究では一般治療を受診する患者のうちには10〜18%の割合でうつ患者が見出されており、精神科より、一般診療科を受診する実数が多く、一般診療科でも正しい診断のもとに適切な治療を行うことが要求されている。

本来、うつ病とは、時期が来れば治るのであるが、抗うつ薬によって治る時期を速めるという気持ちに徹してこ状況に応じて使いわける。おおまかにいえば、norepinep-hline系の活性を高める力の強いものは意欲・気力の低下を中心とするうつ病に、serotonin系の活性を高める作用の強い物は抑うつ気分、不安・焦燥などの強い病態によい。

第一選択薬はamoxapine(三環系抗うつ薬)で、改善しうるうつ病は非常に多く、有用性は、最も高いと思われる。三環系抗うつ薬は、古いものほど抗コリン性副作用が強く中・高齢者では尿閑を来たしやすく、四環系抗うつ薬を第一選択薬とすることがある。最も新しいtorazodoneは選択的なserotonin再取り込み阻害作用があり、比較的効果発現が遠く、抗コリン作用がなく、心毒性もないことから高齢者を含めて広く使用可能な抗うつ薬で、今後のうつ病治療に期待がかけられている。

スギ花粉症に対する小青竜湯の季節前投与の有効性

スギ花粉症は、1964年報告されて以来年々増加傾向にあり眼、鼻症状を伴い毎年多くの患者を悩ませている。

最近、種々の経口抗アレルギー剤が開発され、スギ花粉症に対し、季節前に投与し、予防効果のあることが確認されており、他の花粉症患者にも啓蒙されている。

また、近年、漢方薬の薬理学的研究が進み、鼻アレルギーに使用される、小青竜湯に抗アレルギー作用のあることが実証された。大屋によると抗アレルギー剤のケトチフェン(2mg/日分2)を対称とし、ツムラの小青竜湯(9g/自分3)をそれぞれ、スギ花粉飛散の2週間前から8週間連続授与し自覚的鼻症状の変化を比較し2剤に有意差がなく有効であったことを報告している。本来漢方薬は、証診断にもとづき処方されるべきだが、鼻アレルギー患者は、中間証から虚証傾向が多く、これが小青竜湯の中間証と合致するため、大部分の患者に適応出来るものと思われる。

PTM Vo15,13(5) FEB.,1992

[広報] 第25回社団法人福岡市薬剤師会 通常代議員会

日 時
平成4年4月25日(土)午後1時30分
場 所
福岡市薬剤師会館講堂
出席者
三津家会長、藤原、松枝各副会長、冷川専務理事、細井、正岡、深江、合澤、篠崎戸田各常務理事、木原、高杉、藤田、小野、鶴原、成澤、市花、堀越、城戸各理事、豊福監事
代議員
 
東支部
松井昌也、藤野哲朗、吉村順二、仁田脇三郎
博多支部
冨永雄造、向井光佐子、山口利英、森川公雄、岸田秀明、河辺利也、田代貞枝、山本幸男、蔵元良行
中央支部
森田明、副島恒夫、中野佐、勢島充、樋口昌嗣、戸田重雄、光安龍彦、山手陽一、国武靖夫、三井所清澄
早良支部
野田靖夫、糸岐良次、橋口扶佐子、清水連三、本川栄、有馬純
城南支部
栗田邦彦、浦野満津代、笹野祐二
西支部
中野勝即、竹尾禎二、吉田斌
南支部
木村英樹、大庭秀臣、中島英之、岩佐周一郎、吉田邦夫、小村正治
勤 務
四宮国臣、金山一彦、中尾泰正、井口裕詔、比田勝悌子
来 賓
荒巻県薬会長
   
西岡福岡市衛生局参与
   
成国福岡県薬務課長
   
久保田市議全議員

司 会 小野理事

開会あいさつ
 藤原副会長
会長演述
 三津家会長(巻頭言参照)

来賓祝辞要旨
荒巻善之助県薬会長
 先月25日、医療審議会において地域医療計画案は大すじ原案通り可決されました。そのなかには10医療地域における医薬分業の推進がはっきりと明記されている。このように医薬分業は医療のコース上に決められており、もはや後戻りすることは決してないものである。
 医薬品の立て値制や加重平均方式など推しても、もはや後戻りすることはないし、これで全て医薬分業の方向性が整ったと言える。
 そこで、流通論理と医療論理の問題がおこってきた。大型調剤におけるやりようは目に余るものであり、薬事行政が置いてきぼりを食う感は否めないものである。
 面分業に伴なう備蓄問題が苦慮されているが、備蓄問題は、本来流通である以上、卸の問題である。薬剤師のやるべき、また、やらねばならないことは、研修であり、研修につきる。ただひたすら研修あるのみである。
 研修をないがしろにすれば、医薬分業は頭上を通り過ぎてしまうであろうことを明言してあいさつとします。

桑原市長(代理西岡衛生局参与)

成国福岡県薬務課長

久保田市議会議員

祝電披露
 桑原市長
 早麻清蔵県議会議員


議 事
 議 長     木村英樹代議員
 副議長     山手陽一代議員
 議事運営委員長 栗田邦彦代議員
 今代議員会には、議事運営委員会が設けられ、栗田議事運営委員長より、議事進行についての説明がなされた。今回より質問は支部代表質問形式に改められ、三支部の代表によ り質問されることとなり、一般質問については自由に行うことになった。
 議事は木村議長、山手副議事により進行された。まづ議事に先だち、物故者のかたがたに弔意を表し、一分間の目黙をささげる。
 本日の出席代議員数は62名中43名。よって今代議員会は成立する。なお議事運営をスムーズに行うため、報告および議案事項は一括上提し、質問は後ほどまとめて受けることとする。
 議事録著名人
  糸岐良二代議員
  光安龍彦代議員

〔1〕 報 告

第1号 平成3年度会務並びに事業報告
                冷川専務理事

1 一般会務関係事項
(1) 会 員 数
   平成3年3月末現在 879名
   平成4年3月末現在 890名
     (内訳)薬局481、一般販売業111、薬種商3、勤務その他239、
         賛助会員33、C会員23
  部会数・人員数
   平成3年3月末現在
   東支部5部会83名、博多支部10部会119名、中央支部7部会116名、
   城南支部3部会34名、早良支部3部会69名、西支部3部会40名、
   南支部5部会73名
   計36部会 534名
  保険薬局数 会員406名
(2) 会 議
  通常代議員会、総会(各1回)
  三役会(3回)
  理事会(10回)
  監事会(1回)
  支部長会(5回)
  部会連絡協議会(2回)
  顧問会(3回)
  委員会
   組織委員会(3回)
   薬局委員会(6回)
   社保委員会(14回)
   急患委員会(9回)
   学術委員会(7回)
   広報部会(4回)
   定款改正研究会(7回)
   急患診療薬品集編集委員全(3回)
   議事運営委員会(1回)
(3) 高齢者、還暦会員祝彰
(4) 表彰関係
  厚生大臣賞(薬事功労)
   平成3年10月 古賀 隆
  文部大臣賞(学校保健功労)
   平成3月11月 三津家 正友
  福岡県知事賞(薬事功労)
   平成3年10月 堀越 寿
          碩田 正之
          坪根 百彦
          中野 敏則
          蓑田 正和
          中尾 俊昭
  福岡県知事賞(公衆衛生功労)
   平成4年1月 小村 正治
  九州山口薬剤師会長賞
   平成3年10月 金山 一彦
  福岡県学校保健会長賞
   平成3年11月 細井 徹一
  福岡市教育委員会長賞
   平成3年11月 岩永 栄次
  福岡市学校保健会長賞
   平成3年12月 岩永 栄次
(5) 会員及び家族に対するお祝、見舞金
   (慶弔規定平成3年10月1日改正)
  1) 結婚祝金
     古賀多津子、森川公雄
  2) 会員死亡見舞金
     波多江敬三、佐々木正喜、須原勇助
  3) 全員家族死亡見舞金(配偶者、一親等)
     手陽一、塚田征二、篠崎正十郎、成澤哲夫、三井所清澄、澤村利次
(6) 研修事業
  1) 漢方学術講演会
   目 時 平成3年5月10日(金)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師全館 受講者86名
   演 題 陰陽論 老人性痴呆症と漢方
       小太郎漢方製薬(株) 学術部 山内 一晃先生
  2) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年5月21日(火)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者127名
   演 題 処方解説1
       富山医科薬科大学 名誉教授 大浦 彦吾先生
  3) 薬物療法研究会
   日 時 平成3年5月29日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師全館 受講者115名
   演 題 消炎鎮痛剤の最近の話題
       三共製薬(株)第一薬品部 プロダクトマネージャー 立花 鉄夫先生
  4) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年6月6日(木)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者97名
   演 題 虚実論 アトピー性皮膚炎
       小太郎漢方製薬(株) 学術部 山内 一晃先生
  5) 学術研修会
   日 時 平成3年6月27日(木)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者108名
   演 題 頸椎及び腰椎の整形外科的疾患の畠断と治療
       済生会福岡総合病院 副院長 横田 清司先生
  6) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年7月23日(火)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師全館 受講者128名
   演 題 大黄の向精神作用について
       九州大学名誉教授 植木 昭和先生
  7) 薬物療法研究会
   日 時 平成3年7月24日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師全館 受講者101名
   演 題 カルシウム代謝異常と骨疾患 ―特に骨組髭症について―
      武田薬品工業(株)福岡支店 学術チーム課長 岩橋 賢司先生
  8) 薬局実務研修会
   日 時 平成3年8月3日(土)午後2時
             4日(日)午後10時
             24日(土)午後2時
             25日(日)午後10時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者45名
   演 題 薬局実務について
       県薬務課長係長、市薬役員
  9) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年9月4日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者78名
   演 題 病位と三陰、三陽病、心身症と漢方
       小太郎漢方製薬(株) 学術部 山内 一晃先生
  10) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年9月17日(火)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者86名
   演 題 和漢薬研究の現況
       九州大学名誉教授 西岡 五夫先生
  11) 薬物療法研究会
   日 時 平成3年9月25日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者102名
   演 題 ア. 糖代謝と病態生理及び経口糖尿病用剤とインスリン製剤について
         ノボノルディスクファーマ(株) 開発本部医薬情報課 二宮一敏先生
       イ. 血糖測定器と蛋白・尿検薬について
         山之内製薬(株)福岡支店 診断器薬担当課長 原田徹先生
  12) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年10月2日(木)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師全館 受講者54名
   演 題 ア. 漢方病理 ―気と気滞―
       イ. アレルギー性鼻炎と漢方
         小太郎漢方製薬(株) 学術部 山内 一晃先生
  13) 学術研修会
   日 時 平成3年10月29日(火)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者94名
   演 題 糖尿病の診断と治療
       九州大学附属病院第一内科 講師 中村 修治先生
  14) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年11月6日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者43名
   演 題 ア. 漢方病理(2) −水と水毒−
       イ. 高血圧と漢方
         小太郎漢方製薬(株) 学術部 山内 一晃先生
  15) 漢方学術講演会
   日 時 平成3年11月19日(火)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者108名
   演 題 和漢薬とアレルギー
       岐阜薬科大学 薬理学教授 江田 昭英先生
  16) 薬物療法研究会
   日 時 平成3年11月27日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者111名
   演 題 新しい抗生物質と作用に関する新しい治験
       武田薬品工業(株)福岡支店 医療学術チーム課長 伊藤 洋行先生
  17) 学術講演会
   日 時 平成4年2月13日(木)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師全館 受講者116名
   演 題 ア. 腎臓検診の実際 ―最近の動向―
         福岡大学附属病院センター 教授 内藤 説也先生
       イ. 検査試験試薬販売についての意事項
         県薬薬局委員長 南島敏彦
  18) 薬局実務研修会
   日 時 平成4年2月15日(土)午後2時
             16日(日)午前10時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者12名
   演 題 薬局実務について
       県薬務課長係長、市薬役員
  19) 漢方学術講演会
   日 時 平成4年2月18日(火)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者129名
   演 題 老人性痴呆に漢方薬はどこまで迫れるか
       福岡大学薬学部応用薬理学 教授 藤原 道弘先生
  20) 薬局実務研修会
   日 時 平成4年2月22日(土)午後2時
             23日(日)午前10時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者12名
   演 題 薬局実務について
       県業務課長係長、市薬役員
  21) 学術研修会
   日 時 平成4年2月26日(水)午後7時
   場 所 福岡市薬剤師会館 受講者99名
   演 題 外来における感染症と最近の話題 −MRSA・ニューマクライド等−
       福岡大学病院 第二内科 講師 向野 賢治先生
(7) 親睦事業
  1) 第12回ソフトボール大会
   日 時 平成3年10月6日(日)参加者120名
   場 所 武田薬品工業グラウンド
       支部対抗優勝 博多支部
  2) 第10回懇親ボーリング大会
   日 時 平成4年1月19日(日)参加者100名
   場 所 城山スポーツパレス
       支部対抗優勝 勤務部会
       個人優勝 入江理裕(セイイ薬局)
(8) 試験センター業務
  1) 市立学校飲料水水質検査実施
  2) 簡易専用水道施設検査実施
  3) 医薬品計画試験実施
  4) 目薬統一試験実施
  5) 酸性雨の観測
(9) 広報活動の強化
  1) 市薬会報発行(6回)
  2) 西日本新聞、フクニチ新聞の健康欄への連載
(10) その他
  1) 薬草観察会の実施

2 重点事業報告
(1) 平成2年度より積極的に推進している国立福岡中央病院の院外処方箋発行は、平成3年12月には17%を越え、面による応需態勢も大きな問題も起こさずに進展している。この応需態勢は福岡方式と言えるもので、全国的にも注目され、業界紙でも紹介されている。
(2) 福岡地区・地域保健医療計画ははぼ成案を得て、県の公布を待つだけである。また福岡市地域保健医療計画も策定委員会が開催され、積極的に検討されている。
(3) 前年より取り組んだ対外的広報活動も、フクニチ新聞、西日本新聞の二紙に連載を続けている。特にフクニチ新聞にはグループによる執筆を行っている。

 関係団体報告
  業務部会 篠崎常務理事
  女子薬剤師部会 城戸理事
  商組 合澤常務理事
  学校薬剤師会 堀越理事


第2号 第66回(臨時)第67回(通常)福岡県薬剤師会代議員会報告
                合澤常務理事

1.第66回臨時代議員会
  日 時 平成3年6月29日(土)午後1時30分
  場 所 福岡県薬剤師全館
  議 題 議案第1号 平成2年度歳入歳出決算認定の件
      議案第2号 平成2年度収益事業決算認定の件
       平成2年度決算(平成2年4月1日〜平成3年3月31日)
      歳 入 金 145,467,018円
      歳 出 金 127,294,665円
      差 引 残 18,172,353円
2.第67回通常代議員全
  日 時 平成4年3月20日(金)午前11時
  場 所 福岡県薬剤師会館
  議 題 報告第1号 平成3年度会務並びに事業報告
      報告第2号 日本薬剤師会第71回臨時、第72回通常代議員会報告
      報告第3号 平成3年度歳入歳出中間報告
      議案第1号 平成4年度事業計画決定の件
      議案第2号 平成4年度会費決定の件
      議案第3号 平成4年度歳入歳出予算決定の件
      議案第4号 借入金限度額決定の件
      議案第5号 役員及び目薬代議員選挙
  平成4年度 歳入歳出予算 160,216,000円
        借入金限度額 50,000,000円

第3号 福岡市薬剤師会細則の一部改正の件
                冷川専務理事

第6条第2項の表中
早良支部・早良区・西新部会、原部会、早良部会を
早良支部・早良区・西新郎会、藤崎部会、原北部会、原両部会、早良部会に改める


〔2〕議案

第1号 平成3年度歳入歳出決算認定の件
                細井常務理事











第2号 平成4年度事業計画決定の件
                冷川専務理事

平成4年度 事業計画(案)

薬局をめぐる最近の情勢は、大店法の改正、医薬品再販制度廃止の動き、薬科算定方式の変更という、医薬品販売の面には逆風、医薬分業の面には追い風という方向で進んでいる。現在、薬剤師に要求されていることは、薬物療法の専門家となることである。地域の医師からも住民からも信頼される薬局とならねばならない。そのためには、薬剤師としての資質向上のために研修活動の充実、面分業のより一層の推進を図らねばならない。また薬剤師の職能のPRのための広報活動も重要である。以上の認識のもとに、本年度の事業推進を図りたい。

(1) 支部部会活動の支援と活性化
(2) 全員の親睦と融和
(3) 定款改正の研究
(4) 商組活動への支援、協力
(5) 未就業薬剤師の掘り起こし
2.薬局業務の充実
(1) 基準薬局の育成
(2) 福岡市健康週間行事、各区健康フェアーへの協力、参加
(3) 薬と健康の週間行事への協力
(4) 薬局製剤および指定医薬品の活用
(5) 服薬指導、薬歴管理の徹底
3. 医薬分業の推進
(1) 医薬分業の推進と備蓄薬品管理態勢の強化
(2) 保健業務の連絡と指導
(3) コンピューター、ファクシミリの効率的活用
(4) 支部三節会活動の支援
4. 研修事業の充実
(1) 学術研修会及び薬局業務の充実に必要な研修会の開催
(2) 初任者向け実務研修会の開催
(3) 県薬研修会への協力
5.地域医療への参加と職能の高揚
(1) 福岡地区・地域保健医療計画への協力
(2) 福岡市地域保健医療計画策定への参加と協力
(3) 公的委員会、協議会への参加協力
(4) 学校保健活動、公衆衛生、薬害防止活動への協力
(5) 市立急患診療センターへの協力
6.試験センター業務
(1) 学校保健法施行規則第22条の2、第1項による検査の実施
(2) 水道法第34条の2第2項による事業の実施及び簡易専用水道検査員の増員
(3) 「薬局等構造設備規準」に基づく福岡県西部、南部地域薬局等との利用契約
7.広報活動の強化
(1) 対外的広報活動の推進
(2) 会報の充実
(3) 通信業務へのファクシミリの活用
8.シーサイドももちコートハウス利用計画策定

第3号 平成4年度会費決定の件

平成4年度の会費、入会金は次のとおりとする。

(1) 会 費
   A会員(薬局、一般販売業、薬種商等)年額81,000円
   B会員(勤務、その他)年額30,000円
   C会員(A全員と同居家族の薬剤師)年額8,000円
 (注)A会員には県薬会費37,500円、B会員には18,000円を含む。
(2) 入会金
   A会員
    保健調剤薬局 500,000円(県薬入会金50,000円)
    その他のA会員 250,000円
   B会員 20,000円(県薬入会金10,000円)
   C会員 なし

第4号 平成4年度歳入歳出予算決定の件
                細井常務理事





第5号 借入金限度額決定の件

平成4年度福岡市薬剤師会の借入金限度額は次のとおりとする。

  一、金150,000,000円

質疑

代表質問の部

南支部 大庭代議員
(1) 4年度予算案によると雑収入が10万円に減額されているのは何故か。
(2) 職員給与の上昇率が大きいようである。予算案によれば漸増ではなく、激増されているように思う。
(3) 試験センター職員の給与が別たてになっており、分かりにくい。市薬職員の給与と同じように計上できないか。
(4) 国立病院の面分業について。備蓄センター構想はあるやなしや。
答弁 細井常務理事
雑収入については、議員さんからのご祝儀をお断りしているためです。職員給与については、将来的には分かり易い形にしていきたい。
答弁 三津家会長
シーサイドももちコートハウスの利用計画の問題もからめて、社保委員会とも相談しながら進めていきたい。

城南支部 栗田代議員
(1) 定款改正について
昨年の通常代議員会において、継続審議となっている選挙規定について、速やかな対処かたお願いしたい。新会長が選出されたら直ちにご解答をお願いする。
(2) 城南支部における中村医院からの院外処方せん発行について。
(3) 薬品を分けてもらうときに、薬価でも利幅はあるはずなのに、消費税まで掛けられるのは不愉快である。
答弁 正岡常務理事
中村医院の問題は城南区に持っていきましたが、話し合いがつかないとのことで、城南区の分業をしたいと言われる薬局のリストを中村先生のところにお持ちして、先生に決めて頂いたものです。
答弁 小野理事
商法上、消費税を掛けるのは妥当であるとしか申しようがない。出来るだけ、そちらに買いに行かなければよいではないか。

博多支部 山口代議員
(1) 役員選挙規定について
その進行状況と執行部案としていつまでに回答されるのかを伺いたい。
答弁 三津家会長
選挙規定には定款の改正が必要であり、組織委員会で検討を重ねている。
(2) シーサイドももちコートハウスの件についての資金繰りについても伺いたい。
答弁 三津家会長
社保委員会の考え方聞きながら、コートハウス委員会を設けて検討していく。
(3) プラカードを持ち、ハンドマイク呼び込みをしている薬局がある。薬剤師の品位疑うような行為を目にする。
答弁 三津家会長
今初めて耳にしたが、言語道断、薬剤師倫理を疑うものである。
答弁 合澤常務理事
逸脱した目にあまる行為については、行政に連絡するので、すぐに連絡してほしい。

藤原副会長
先程、南支部より質問があったが、試験センター事業は県の許可事業であるため、行政への報告が義務づけられている。そのため、分かりにくいかもしれないが、職員の給与については市薬職員とは別になっている。
また、特別事業費の扱いについて、分かりにくいし、おかしいのではないかとの質問であるが、これは代議員会の要請によりこのような形にしたものである。以上執行部として補足しておく。


一般質問の部
これは、代表質問を時間の都合で3支部に限定したが、おもに代表質問ができなかった支部からのものである。

本川予備代議員
先程のコートハウスについての質問であるが、国立病院の移転まで2年間の辛抱である。これを一般会員に知らせ、アンケートを取るなどして、会員の意見を集約されるように望む。また、A全員およそ600名。そのうち国立を受けているものは150薬局である。国立を応需しない薬局は、「薬局」と言えないのではないか。
コートハウスについては、門前薬局、備蓄センター、研修センターなどの利用方法を検討してほしい。
答弁 三津家会長
衆知を集めて事にあたって頂くよう次期執行部にお願いする。

光安代議員
(1) 入会金のところに、その他のA会員とあるが、薬局はひとつだと思う。それを入会の時点で分けてあるのは理解できない。
答弁 冷川専務理事
これは保険薬局において、特別会費を払ってあることに見合う上乗せをする意味で設けたものです。
(2) 会員資格について。店格での会費であるなら、少なくとも管理薬剤師については会員扱いにできないものか。
答弁 三津家会長
選挙規定の会員資格問題も絡め、何とか前向きの努力をすることをお約束したい。

大庭代議員
コートハウスについて、一ケ月300枚以下の薬局が3万円を拠出するようにすれば、年間700万円になる。このような方法も考えられるようにご提案したい。

中島代議員
三師会の活動の活発化について、執行部に具体案があればお聞かせ願いたい。
答弁 冷川専務理事
福岡市の三師会でも儀礼的な親睦会になっている。将来的には異体的な意見の交換ができるようにしたいと思っているが、現状はまだ具体案までには至っておりません。

栗田代議員
12ページの保険薬局会費の計算が合わないのは何故か。
答弁 細井常務理事
会費が入る時期のずれのためです。

大庭代議員
県薬からの支部活動費の人数が合わないのは何故か。
答弁 冷川専務理事
メーカーの人数分が多いので、余ったものは市薬に入金されている。

藤原副会長
先程から選挙規定問題について質間が多いので補足説明をさせて頂きます。選挙規定は代議員さんの問題であり、ここで皆様が選挙規定を作れとおっしゃれば、執行部ではもうすでに準備を致しております。ただし、会員資格の問題も含めて、現行の市薬の定款には不備な面が多々認められております。代議員の先生方にも特別委員会に入って頂き、これを作る方向で検討し、出来る状況のものを作れば手間暇かけずにできると思われます。これを来年の代議員会に提出して、可決していただければと思います。

裁決

報告第1号
〃第2号
議案第1号
〃第2号
議案第3号
〃第4号
〃第5号
以上報告事項2件、議案事項2件ともに可決承認されました。


平成4年度会費の内訳

日薬会費
  A全員  12,800
  B会員  6,400
県薬会費
  A会員  24,700
  B会員  11,000
市薬会費
  A会員  43,500
  B会員  8,000
県連盟会費
  A会員  16,000
  B会員  4,800
市連盟会費
  A会員  2,000
  B会員  2,000
小売商業組合費
  A会員  3,500


A会員 102,500
B会員 36,800
C会員 8,000


〔選挙〕

 任期満了に伴う役員選挙については、従来どうり選考委員制で行うことになった。
選考委員
東支部  松井昌也
博多支部 山口利英
中央支部 中野佐
早良支部 有馬純
城南支部 栗田邦彦
西支部  吉田斌
南支部  中島英之
勤務部会 四宮国臣

 選考の結果三津家会長、長谷川副会長、豊福監事は選出されたが、残りの副会長2名と監事1名が決まらず、代議員の投票による選挙となった。
 選挙の結果、次のように新役員が選出された。

会 長 三津家正友
副会長 細井徹一
    松枝茂雄
    長谷川宏明
監 事 藤原良春
    豊福和登


閉会あいさつ
 松枝副会長


 「役員選挙」開票中の木村議長と山手副議長

第53回社団法人福岡市薬剤師会 総会

日 時
平成4年4月25日(土)午後5時
場 所
市薬会館講堂
出席者
代議員会に同じ

議事

(1) 会長演述および代議員会報告
総会席上、三津家会長より「荒巻県薬会長は、市薬副会長任期途中に県薬専務を引受けられ、そのまま県薬会長になられたため市薬会長はなさってないが、県薬会長には市薬としても何かとお世話になることが多いので、市薬顧問になって頂けたらと思う」とのご提案があり、満場一致で了承された。
(2) 部会表彰
   1位 千代、吉塚部会
   2位 馬出部会
   3位 浜部会
   4位 西、姪浜、壱岐各部会
(3) 高齢者表彰
   岸 田 清 輝(91才)
   松 村 定 雄(91才)
   藤   ヲサム(86才)
   工 藤 菊 江(85才)
   尾 崎 松 夫(85才)

   村 上 タカ子(84才)
   勝 野 季 夫(84才)
   武 田 準 一(83才)
   清 水 貞 知(82才)
   三 根 孫 一(82才)
   冨 安 あやめ(81才)
   瀬 上 留治郎(81才)
   副 島 恒 夫(81才)
   亀 崎 バツエ(81才)
   藤 田   脾(80才)
   児 島   豊(80才)

会議報告

〔第10回理事・監事会(通算228回)〕

日 時
平成3年3月17日(木)午後7時
場 所
福岡市薬剤師会館第1会議室
出席者
三津家会長、藤原、松枝、長谷川、各副会長、冷川専務理事、細井、正岡、深江、合澤、戸田各常務理事、木原、高杉、藤田、小野、鶴原、成澤、城戸、市花、猫越各理事、豊福監事

1.会長あいさつ
 本日を持ちまして、最後の理事会となりました。2年間本当にありがとうございました。しかしながら、代議員会まではひき続き継続していただきます。
2.会務報告
 (1) 2月22、23日第2回薬局実務研修会後期
 (2) 3月2日福岡県福岡地区、地域保健医療対策協議会14:00自治会館(冷川)
 (3) 3月11日県薬代議員予備会議19:00
 (4) 3月14日拡大定款研究会19:00
3.委員会報告各委員長より報告
 (1) 組織委員会定款研究会の位置づけについて、勤務部会との話し合い。
 (2) 薬局委員会
 (3) 社保委員会3/30医療費改定説明会
 (5) 学術委員会2/26学術研修会
 (6) 試験センター
 (7) 広報部会
4.関連団体勤務部会、女子薬、商組
5.協議事項
 (1) 平成3年度決算及び4年度予算について細井常務理事より説明後、協議
 (2) 平成3年度事業報告並びに事業計画について冷川専務理事より説明後、協議
 (3) 細則一部改正について早良支部からの部会変更案了承
 (4) 流通協メッセージについて商組担当合揮常務理事が会員向け文書作成
 (5) その他 4/19チャリティーウォーク

〔第11回理事・監事会(通算229回)〕

日 時
平成4年4月13日(月)18:30
場 所
一条
出席者
三津家会長、藤原、松枝、長谷川、各副会長、冷川専務理事、細井、正岡、深江、合澤、篠崎、戸田各常務理事、木原、高杉、藤田、小野、鶴原、成揮、城戸、市花、瀬越各理事、豊福監事

1.会長あいさつ
 3月21日をもちまして、私共の任期は終りました。しかし、代議員会が済むまでは任期を継続することになっております。本日は代議員会の運営について協議して頂きます。その後、支部長の先生方をお招きして、一緒に懇談をしたいと思います。
2.協議事項
 (1) 代議員会の運営について
 (2) チャリティーウオークについて

委員会報告

【急患委員会】

日 時
3月25日(水)午後6時20分
場 所
市薬会館
出席者
成澤、市花各理事、小松、深見、打越、竹尾、馬場、北島各委員

1.4・5月連休時の増員について
2.医薬品集第5版配布について
3.急患センター移転に伴う作業分担について
4.在庫一覧表作成について
5.新規出動希望者の説明
会について

【学術委員会】

日 時
4月15日(水)午後7時
場 所
市薬会館
出席者
長谷川副会長、篠崎常務理事、成澤、市花、藤田各理事、中島委員

1.次回学術研修会の打合せ
・日 時 4月22日(水)午後7時
・演 題 「高血圧の非薬物療法」運動療法を中心に
・講 師 福岡大学医学部、第二内科出石宗仁先生
2.5月以降の研修会の予定について
・婦人科疾患
・糖尿病の合併症とその治療
・皮フ科疾患と最近の話題
・末梢循環障害治療剤
3.薬局実務研修会の予定について

新米学薬副会長・日記

4月18日(土)学薬総会での役員改選。なんと!副会長に選ばれた、どうしようと言う問もあればこそである。雛壇に立たされたあげく、「副会長の弁を述べよ」と言う。ただただ戸惑ってしどろもどろ。何とも情けない副会長さんの誕生である。それに引きかえ吉田副会長のは「店は閉めてでも、頑張ります」。
心にしみ込むあいさつであった。

23日午後3時、吉田さんから「今からちょっと出てこられんね」と電話。ヒトをひま人とかと思ってから、忙しいとよと言いたかったが、副会長を引受けたからには仕方ない「じゃあ、今からすぐ行く」。学薬関係の契約書や会員名簿に目を通し、学薬の部屋や機器室を点検した。

24日、瀬越前会長からの引き継ぎ

5月1日正副会長会議の後、三津家会長ともども市教育委員会へ就任挨拶回り。教育長お留守のため、井上教育次長にお目にかかる。社団法人福岡市薬剤師会についてはよくご存じであったが、学校薬剤師という名称にはあまり馴染みがないご様子。14Fの衛生局ならいざしらず、おたく様は11Fの教育委員会でしょうが……である。もとより、学校保健課長や指導課長はよくご存じであったが。

教育委員会での挨拶の後、三津家会長は会務のため会に戻られ、吉田さんと二人で学校教育部・学校給食センターへ回った。所長と管理係長にお目にかかったが、またしても所長は「学校薬剤師さん?」である。

9日11時より三役会。午後2時、白衣持参での理事監事会。理事会終了後1時間ほど試験室で試薬作りの準備。

11日早良区福岡市教育センターでの「学校プール衛生管理研修会」12名出席。

(木原)

第37回福岡市学校薬剤師会 定時総会

日 時
平成4年4月18日(土)午後2時
場 所
市薬会館4F講堂

開会あいさつ
 高倉副会長
会長演述
 瀬越会長
来賓
 三津家 市薬会長
 久保田 市議会議員
 手 島 市議会議員
議事
 堀江議長により進行
 (1) 報告 第1号 平成3年度会務並びに事業報告
 (2) 議案 第1号 平成3年度決算認定の件 監査報告
       第2号 平成4年度事業計画決定の件
       第3号 平成4年度予算及び会費決定の件
役員選挙
 選考委員制で、会長1名、副会長2名、監事2名の新役員が選出された。
 会 長 三津家正友
 副会長 吉田斌
 副会長 木原三千代
 監 事 野田靖夫
 監 事 内田文子

【第一回理事・監事会】
日 時
平成4年5月9日(土)午後2時
場 所
市薬会館第1会議室
出席者
三津家会長、吉田、木原各副会長、細井、有馬、竹尾、中野、小松、藤野(久)、藤野(哲)、吉村、橋口、深見各理事、野田、内田各監事

議事
会長あいさつ
会務報告 吉田副会長
(1) 県学薬評議員会・総会報告
   県学薬副会長に吉田、野口選出。
(2) 県学薬三役会報告
   県学薬理事に内田、木原、有馬就任。
協議事項
(1) 給食センターについて
   検便交通費 4,000円
   日当 8時間(時給2,000円)16,000円
   責任者10,000円
   もとより、学校給食センター環境調査契約の1,025千円では不足するのは明白だが、
   今年度に限りとして可決した。次年度契約については慎重に審議する。
(2) 新会員増員について
   北九州市薬では、担当校およそ一人一校であり、市薬も組織力強化のため、それに
   ならうべく一人一校を目指す。さしあたり、今年度は50名増の150名を目標とする。
(3) 日学薬研究テーマについて
   平成5年度、北九州会場で開催される目薬学術大会・学校薬剤師部会での研究発表に
   ついてはプロジェクトを作り対処する。
(4) 理事の職務分担について
   会計 有馬理事
   広報 竹尾理事
(5) 槻越前市学業会長の「市学薬顧問就任」について


Walk&Talk with your Doctor

日 時
 平成4年4月19日(日)午前10時
場 所
 舞鶴公園舞鶴球技場
実行委員長
 戸嶋裕徳(久留米大学教授)
副委員長
 原田種彦(歩け歩け協会長)
参加者
 約1,100名

夜来の雨も止み、好天に恵まれた日曜日、「第2回・医師と歩こう!チャリチーウオーク」が開催された。このイベントは全国10ヶ所、九州では鹿児島会場と、福岡会場の2ヶ所で実施されている。

医療スタッフは昨年同様グリーンのサンバイザーをかぶり、腕には「医」、「薬」、「看」、「栄」と書かれた黄色の腕章をつけて、一般の参加者にわかりやすいようになっている。メインテントの中には、自動血圧計と心電図計が用意されており、「歩く前の血圧測定を・・」とのアナウンスに、かなりの人達が並んで測定されていた。

昨年の大会は退院したばかり、体調が悪い時期で、会場で山本先生から「歩くな」とドクターストップ。7kmぐらい歩けるつもりで参加したが、テントの中で一人留守番を言いっけられ、寂しい思いをしたことを思い出す。

というわけで、今回の第二回大全が初めての7kmウオーク挑戦となった。出発に先立ち主催者からの「医師と歩こうです。グリーンの帽子が先生方ですから、遠慮なく質問しながら一緒に歩いてくださーい」とのアナウンスがあった。

会場でお見かけした中央区医師会副会長の森先生と歩いていたら、杖をついたお年寄りが先生に声をかけられていた。「血圧が高くて薬を飲んでいるのですが、歩くと良いと聞いて参加しました」という。そこで、すぐに森先生は歩きながら、お年寄りの手をとって脈拍をチェック。「無理をしないように、ゆっくりと歩くといいですよ」とアドバイスされていた。

まさしく、医師と歩こう!である。

ところが、汗ばみながら7kmウオークを完歩し、舞鶴球技場に戻ると、いま一人医師と歩こう!を実践したものがいた。朝、「なんばいいようとネ。ちゃーんと3人て、申込んどうとよ」と、たたき起こして連れて来た同伴者。3km地点までは、完ぺきに二日酔いだったという不届きものの新入会員である。

コース途中、「広田弘毅の像」の前を通るとジーツと真剣に見ている若者がいた。「新人類といわれとるくせして、広田弘毅に興味があるっちゃろうか」と思いながら、無視して通り過ぎた。無事ゴールインして完歩証をもらいホっとしていると「オバちゃん、オバちゃん。筑後市民病院の、原田先生って知っとう?」と声をかけられた。

ずーっと話ながら歩いてきたというのだ。像を見ていたら、この近くのご出身だとおっしゃる原田先生に声をかけられ、いろいろとご説明して頂いたとか。そのうえ、筑後地域の病院に勤めたいと言っている後輩のために、チャッカリと就職情報まで手に入れてきたというのである。母親のことをオバちゃんと呼ぶ彼は、医師と歩こう!の趣旨を取り違えているのではなかろうか。

ちなみに大会趣旨には、=白衣をぬいだ「健康への最大の指導者、助言者」である先生方と多くの市民が青空のもと、グリーンの自然の中をのびのびと歩き語りあいましょう=とある。

念のため!!

【広報通信】 「4・15事件」 福岡市薬剤師会 広報担当理事 木原三千代

今号は市薬会報編集者としては最後の原稿依頼になっていた。そこで、テーマを「新聞に投稿して」とし、フクニチ新聞“とっておきのくすり学”グループ執筆のメンバー宛てに寄稿願い書を投函した。4月14日のことであった。

翌15日、正午のニュース。キャスターがフクニチ新聞がどうのこうの伝えているのがチラッと聞こえた。「あれっどうしたんだろう」と気になったとたんに、冷川専務理事から「フクニチが大変ですね」と電話が入った。その時点ではまだ詳しいことはよく分からないままで、「昨日の午前中に、松田記者に原稿を送信したときは何とも言ってなかったわよ。25日の市薬代議員会の記事を載せますから、資料を送ってくださいと言われていたのに」という他なかった。

90年8月に市医師会の山本理事から、永津記者を紹介されたとき、「この人だけには、図書券でいいから原稿料を出してくれ」と言ってくださったが、永津記者は申し訳なさそうにするだけであった。それもそのはず、その頃は彼女のお給料ですら滞りがちであったと聞く。

ところが91年2月、突如フクニチ新聞総務課から原稿料が送られてくるようになった。それで、私なりに新聞社の経営状況が好転したんだろうと勝手な判断をしていた。原稿料がもらえるようになったことはさておき、フクニチ新聞が元気になったことは、執筆者の一人としてとても嬉しく思っていた矢先の「4・15事件」。昨日松田さんと話したばかりなのに、と信じられなかった。

午後になると、西日本新聞社を退職された竹井さんから「フクニチはまだ続けていたのでしょう?私が新聞社にいたら、前もって分かっていたはずなのに、役に立たなくて残念です。 現場の人達は何も知らされていなかったようですね」と。そして、城南支部の坂田さんからは「先生、残念ですね。力落とされたでしょう」との電話をもらった。

その日の夕刊は、新聞社の輪転機が止められ、コンピューターの電源が切られたと伝えていた。最後に送ったのが私が書いたのでよかった。多分電源が切られたというコンピューターにインプットされていたと思われる原稿。会員さんにお願いしていたら申し訳ないところだったとその点だけはホッとした。翌日、松田記者から「一週間以内にテコ入れができなかったら、たぶん復刊は無理でしょう」との連絡があったが、その後復刊されたとの知らせは聞かない。 15日は突然のことに何も手につかず、16日は「もう、いらなくなったなあ」と、思いっきり資料から何からすべてを片付けた。気持ちが不安定な時に整理したり、掃除をすると不思議と落ち着くというのは、女性特有の行動パターン?

ワープロも、と思ったが……、残した。

「また、どこかでお目にかかるかもしれませんね。その時はどうぞ宜しく」と言った松田記者。 その日が一日も早いことを祈ってやまない。

引っ越し作業終了後、全員で団結
ガンバロウ―4月21日、玄関前







福岡市医師会館開館式 (急患診療センター開所式)

日 時
平成4年5月15日(土)午後3時
場 所
福岡市急患診療センター待合ロビー

式典
◆式次第
1 開会の辞   衛生局長     穂屋下信吉
2 式辞     福岡市長     桑原敬一
         福岡市医師会長  大熊隆人
3 開設経過報告 福岡市助役    加藤竺子
         前福岡市医師会長 松田一夫
4 来賓祝辞   福岡県知事    奥田八二
         福岡市議会議長  大神研裕
         福同市医師会会長 櫻井日出生
5 祝電披露
6 テープカット
7 閉会の辞   福岡市医師会副会長 多田秀敏

南薬院から百道浜へ移転新築なった福岡市医師会館。開館式が上記のように挙行され、薬剤師会からは三津家正友会長がお招きを受け出席なさいました。

会長がお招きを受けるより早い4月19日、チャリティーウオークの帰りに福岡市医師会館を見学に行きました。

まあ!広いこと、広いこと。大学病院の待合室もかくありなんと思えるくらいの広さ。薬局のスペースも今迄の倍ですから、なにしろヒローいのです。

薬局は事務室とは隣り合わせ。窓越しに作業ができるようになっているので、今迄のように事務室まで走っていかなくてもすみます。 ストックの薬品棚も大学病院にあるようなスライド式のものです。ただし、調剤台などは使い慣れた今迄のものですから、少しほっとします。

さて、福岡市立急患センターの責任者は院長ならぬセンター長。ルポに行った19日はオープンの日でしたから、センター長は担当理事の山本先生が務められていました。「市薬広報です。急患センターのルポにきました」と厚かましくセンター長室にお邪魔をし、お茶は出してもらえませんでしたが、窓際のとっても素敵な“胡蝶蘭”には、歓待してもらいました。

帰りに駐車場の横にあるご自慢のチャイムを見せてもらいましたが、イタリアに特注されたもので500万円だとか。急患センターに行かれたときにはぜひご覧になってください。

季節によって音色が変わるそうです。夏はどんなメロディでしょうね。

【会員の移動】


訃 報

 岸田清輝先生(享年91才)

  東支部香椎部会の「きしだ薬局」の岸田清輝先生が、5月1日お亡くなりになりました。

謹んでご冥福をお祈り致します

会 務 日 誌 (平成4年3月〜4月)

3月2日 福岡地区・地域保健医療対策協議会 14:00 自治全館(冷川)
  4日 社保委員会 13:00
     福間市老人保健連絡協議会 18:00市役所(三津家)
  9日 定款研究会 19:00
  11日 県薬代議員予備会議 19:00
  12日 県薬地区連絡協議会 14:00県薬(三津家、冷川)
  14日 拡大定款研究会 19:00(三津家、藤原、松枝、冷川)
  17日 第10回理事会 19:00
  20日 県薬代議員会 11:00県薬(三津家他)
  25日 急患委員会 14:00
4月3日 監査会 13:30
  6日 医師会定礎式 11:00(三津家)
  7日 拡大定款委員会 19:00
  8日 アークホテル博多ロイヤル新館落成祝賀会 14:00(三津家、冷川)
  13日 理事会 18:30一条
  15日 学術委員会 19:00
  19日 医師と歩こう!チャリティーウォーク 9:00 舞鶴公園(三津家、藤原、松枝他)
  20日 顧問会 18:00一条
     福岡市地域保健医療計画策定検討委員会 15:00市役所(三津家)
  22日 学術研修会 19:00
     計量協会理事会 11:00計量会館
     代議員会議事運営委員会 14:00
  25日 代議員会 13:00
  27日 内科医会協議会 19:00市薬会議室(三津家、松枝、細井)

初めての役員選挙

第25回代議員会での代議員の投票による役員達挙。何しろ初めてのこととて何の準備もなく、慌てて投票用紙を作り、ごらんのようなダストBOXに投票することになりました。

正岡常務理事(当時)が手にしている可愛いワンちゃんがついた赤いBOX。これが副会長と監事の名前を書いて入れた投票箱です。

さんざん代議員会でディベートされた選挙規定も何のその!やってみるものですね。

[編集後記]

○新緑、少しばかりの落ち着きと夏への躍動に向けて助走を開始するような五月。25回目の編集後記、最後のあとがきになりました。7月号からは、新しい広報委員会のメンバーでスタートします。

○今期、第1回目の理事会においでくださった藤野顧問は「県薬も市薬も、薬剤師会の役員人事が新聞に載るようになった。大したもんばい」と。また、再任なさった三津家全長は「問屋さんやマスコミさんに再任の挨拶に行ったが、応対が2年前とは大違い。医薬分業の進展とともに、開局薬剤師への期待の大きさを感じる」と言われた。

○国立中央でFAX送信をしてもらっている江崎さんに、送信する側の苦労話と顔写真をと目論んだのですが、写真は断られました。
今日、処方せんを持ってこられた近所のおばあさん。「国立病院の電話のところに行ったら『おばあちゃんはシティーさんでしたね』って、顔を憶えとんしゃった」と嬉しそうでした。
江崎さんの笑顔が、受ける側の薬局にとっては最大の見方です。ありがとう!

○市薬への往復に、旧フクニチ新聞社の前を通ります。社旗こそ揚がっていませんが、社名は残ったまま。電気が消えた社屋を見るのは辛いものです。お世話になった社員さん達は何処へと、案じられてなりません。
何の力にもなれませんが、せめてこの会報だけでも「頑張ってください」との言葉を添えて送らせてもらおうと思っています。

○西日本新聞に1年3ヵ月にわたって連載してきたものが、5月28日「読んで安心くすりの話」として、同新聞社より刊行されました。定価1000円。著者に似合っかわしくない可愛い本に仕上がり、坂田さんじゃありませんが、筆者の思惑などそ知らぬ顔で勝手に一人歩きしています。29日、初版本の残り400冊との電話。

平成4年5月31日発行(隔月年6回発行)
福岡市中央区今泉1丁目1番1号
社団法人 福岡市薬剤師会
T E L 092-714-4416
発行人  三津家 正 友
編集入  木 原 三千代
印刷所  (有)興英社印刷