7月10日に開催された第29回臨時代議員会で、「社団法人福岡市薬剤師会会長、副会長及び監事選挙規則」が採択されました。
ここ何回かの会長、副会長、監事選出の代議員会では、定款の第22条での「投票による選任」の項を通用して選挙すべきとの意見が出てきていましたが、実際には同条の但し書きの条文を適用した選考委員制での選出が行われてきました。しかし二年前の改選選挙では、副会長の選出のとき初めて投票による選挙が行われました。
組織委員会では三年前から、選挙規定策定の作業を進めてきていました。一度は組織委員会の案を理事会に提案しましたが、当時はまだ、「投票をしてまでの役員選出は時期尚早」ということで、具体的な論議にはなりませんでした。しかし先の役員選出の代議員会で、実際に投票による選挙が一部行われたために、選挙規定の整備が必要との声が強くなってきました。組織委員会では各支部の協力を得て「選挙規定作成委員会」をつくり、再度選挙規定案づくりに取り組みました。
委員会では広く委員さんの声が反映したものを作り上げようと、案文を市薬ジャーナルに投稿し、意見を求めました。委員会としては、意見や質問については市薬ジャーナルの紙面で考え方について説明するつもりでしたが、時間の関係で質疑応答については投稿することができませんでした。しかし委員会には、全員の方々から積極的な意見や質問が寄せられました。委員会ではそれらを取り入れて最初提案した案に比べるとより内容が充実した案をつくることができ、理事会に答申することができました。この案はほとんど無修正で代議員会に提案することができました。
会員の中には役員を選挙で選出することは会の中に分裂と対立を生むことにもなりかねないので避けるべきだとの意見もあります。事実そういう考えのもとに、これまでは選挙ではなく選考委員による推薦ということが行われてきています。つい少し前までの市薬であったならば、この方式はみんなの理解を得れたと思います。しかし今日の市薬の組織は新規開局者の入会が増え、ちょっと前迄みたいに、会員がみんな顔見知りという時代ではなくなってきています。
このような状況のなかで、従来の選出方式ではかなり無理が生じてきています。こういう状況もあり、選挙規定作成の気運が広がってきたものと思います。
今日の薬剤師会や薬剤師をめぐる情勢は激動しています。特に医薬分業の推進という点からみれば正に追い風と言えるでしょう。しかしこの風は順風ではなく台風と思える位の大風です。この大風の中、波浪高波注意報がでている大海を帆船で航海している状況と思います。ここを転覆せず無事に乗り切るためには立派な航海術をもった船長とそれを助ける船員が必要です。会の船長は会長です。この船長をみんなの創意で見出すのが選挙だと思います。この規定を運用して今日の時代を乗り切る船長が次回の改選時生まれることを希望しています。
最近、地嘩医療のなかで在宅医療が重要視され、国においても種々の施策が打ち出されております。
ご承知と患いますが、日本医師会としましては在宅医療をいわば第三の医療として捉えております。どういう意味かと申しますと、外来医療とか入院医療、これらは皆さんが日常茶飯経験されているもので、これらを施設医療と申しまして、在宅医療はこれらと同列に考え、ただ単に診療所や病院からの往診の延長線上のものとしては捉らえていないという事であります。
従って、将来的には医療法論議のなかにも在宅医療を位置づけていく必要もあろうと考えますが、これはまだ将来の問題であります。
では、なぜ在宅医療なのでしょうか。たとえば、長期に療養を必要とする患者さん。比較的症状が安定している患者さん。高齢者の方、或は末期の癌の患者さん。その様な患者さん達が、住み慣れた地域や自分の家で、近親者に囲まれながら介護を受け、療養を続ける。或は、生命を全うするという事は、その人にとって非常に生活の質が高いことであり、人間の生き方として大変重要であるという事が言われる様になりました。又、そういうものに対する価値感が高まってきたことで在宅医療ということが言われる様になったと思われます。
しかしながら、国の本音としましては、入院医療よりも、在宅での医療の方が経済的に安価であるということも考えの中にあることは歪めません。
しかし、これからの高齢化社会の到来を考えますに、遅ればせながら、我々の今、生きている時代と次に続く世代の為にも、国民一人ひとりが知恵を出し合って、保健・医療・福祉を考え直す時期に来ていることは確かなことでありましょう。
では、前置きはこれ位にしまして、まず福岡市の実態と福岡市医師会の在宅医療への取り組みについてみてまいります。
福岡市は平成4年12月末総人口1,221,799人、65才以上人口123,096人、すなわち高齢者人口比は10.1%になります。在宅寝たきり老人1,290人、在宅痴呆性老人2,896人と推計されております。
ご承知のごとく、行政区は7区あり、各々の区に保健所を有しております。
これまでにも行政とは、医療面におきます協力、連携体制を整備するため、種々協議を重ねておりますが、平成2年福岡市当局より在宅医療支援センターづくりへの具体的施策について協力と連携を求められてきました。その際、医師会としましては、まず縦割り行政の弊害の解消を強く要望いたしました。
平成3年4月、衛生局・民生局局間の人事交流や市庁全般の調整機能を強化する方策が整えられ、その後の進展に大きく役立っことになりました。
さて、福岡市は在宅ケア支援事業として、在宅ケア、ホットライン事業を主事業とし、サブシステムとして痴呆性老人支援ネットワークづくり事業を推進しております。
在宅ケア、ホットライン事業は、寝たきり等の要介護老人の在宅ケアを積極的に支援し、保健・医療・福祉のサービスの総合的かつ継続的な提供が行なわれる様に各区の保健所に設置されたものであり、今後の在宅ケア支援システムの確立を図っております。
痴呆性老人支援ネットワークづくり事業は、在宅の痴呆性老人とその介護者を支援するため、保健・医療・福祉さらに地域組織をネットワークし、体系的な援助システムをつくることを目的としております。
福岡市医師会は、医師の参加なくしては市民が期待する保健・医療・福祉の整合性及び質の向上は望めず、医師不在の「在宅医療」のシステムの進行は地域住民の混乱を招くとする基本的な理念を持って事に当ってまいりました。
「介護」に偏っているかのように見える行政の在宅医療のシステム化が進みつつあるなか、医師会としては、医師会及びかかりつけ医の主導型の体制作りに邁進いたしております。
とりわけ、介護者を対象とした支援システムの構築の存在は、寝たきり老人や痴呆性老人を対象とした在宅医療にとっては、その成否を左右することであり、それに関与します医師会と行政側の調整機構はひときわ重要な役割を委ねられていると認識したしております。
未だ途についた所で、軽々には考察できませんが、医師会と行政が手を携えて推進しております寝たきり老人、痴呆性老人、虚弱老人等を対象としました在宅医療の後方支援システム(福岡市医師会方式在宅医療体制)の構築について紹介させていただきます。
高齢化社会の到来と高齢者が住み慣れた家庭で安心して医療が受けられる様にと、寝たきり老人や痴呆性老人対策が図られ、在宅医療に眼が向けられてきました。その為、これまでの地域住民とかかりつけ医療機関とか、診・診連携、病・診連携などのシステムに加えて、痴呆性老人の方の収容先、理学療法士(PT)・作業療法士(OT)の方々の力添えが必要なリハビリテーション施設、年を取ったが由に色々な障害による他の専門科の病院との連携が生じてまいりました。
この様な在宅医療体制に福岡市が介入し、各区の保健所の在宅ケア・ホットラインの相談窓口に、地域住民と医療機関の仲介役を担っていただき、各種の情報の一元化を図った画期的なシステムが構築された訳であります。
しかしながら、在宅医療は、いつ何時でも対応できる24時間体制が必要でありますので、我々、かかりつけ医療機関だけでは限界が生じてまいりましたので、往診笥能な協力医療機関が互いに連携し事に当る、その様な チーム医療が必要になってまいりました。
この様に、個人的なかかりつけ医療機関の診診連携や病診連携では追いっけぬ事態が生じてきましたので、各区にあります区医師会に、在宅医療委員会を作っていただき、各区医師会内に、後方支援体制を担ってもらうようにいたしました。
その上に、各区の保健所、福祉事務所の方々とも連携を深めていただきました。
又、福岡市におきましては、福岡市歯科医師会の先生方とも連携をとり、寝たきり老人訪問歯科診療もご一緒させていただいております。
すなわち、図1に示しますように、地域住民の方からの相談が保健所の在宅ケアホットラインの相談窓口にきますと、専任の在宅ケア担当主査(保健婦)が、その相談内容を検討します。医療のサービスが必要とされた場合、各区医師会の在宅医療委員会に連絡がとられ、お近くの医療機関が紹介され、かかりつけ医になってもらう方式にいたしました。
将来的には各区医師会とも連携をとり、老人訪問看護ステーションで訪問看護サービスを提供したり、現状では業務内容から在宅ケア・ホットラインに兼ねてもらっている在宅介護支援センターも設置したい意向を持っております。
又、寝たきり老人や痴呆性老人等はどうしても在宅での療養が困難になってくる可能性も生じてまいります。その時の為の専門病院や入所施設、すなわち、老人保健施設や特別養護老人ホームなどとの連携も模索しているところであります。
これで、一応、我々が福岡市医師会方式在宅医療体制と呼んでいるシステムがほぼ組まれた訳です。平成5年5月の現況を図2に示しておきます。数字は、登録いただいている機関の実数です。
以上が、福岡市医師会在宅医療検討委員会が、平成3年5月会員に対して行なったアンケート結果に基づき展開しているもので、
1.医師会主導型の在宅医療醸造体制構築の確立
2.医療・保健・福祉のネットワークづくり とくに、行政への福祉サービス・施設・マンパワーの質及び量の充実などの働きかけの強化
3.診療側及び受給者側両者それぞれの医療上並びに経済的条件に対する問題点の改善
4.会員に対する情報提供と啓蒙運動に主眼を置卦取り組んでおりますのを紹介いたしました。
次いで、木原三千代常務理事の、「薬剤師として、何かお手伝いできることはないか」の問い合わせにつきまして、返事になるか否か解りませんが、私見を述べさせていただきたいと思います。
在宅ケア支援事業の内においては、薬剤師として、もう一つ薬局としての活動があろうと考えます。
一般的になりますが、まずは服薬指導の徹底であります。寝たきり老人や痴呆性老人その方々に直接服薬指導がなされることが出来ればありがたいことですが、無理な点も多く、その方々の介護者に対応されることが多いと思われます。
介護者の都合での服薬中止、間引き投与の是正への貢献、服用し易い環境作り(1日分、1回分の分包法や色付けなど)への配慮を必要と考えます。
かかりつけ薬局の早急なる構築がなされ、高齢者ゆえに多病であり、色々な薬剤が投与がなされている患者さんの柴歴調査結果が、かかりつけ医療機関にフィードバックされるシステムを構築されるのは如何でしょうか。
又、訪問薬務活動と言いましょうか、保健婦や看護婦共々患家に赴き、現場での闘病環境づくりへのアドバイスを行うなども如何なものでしょうか。
冬から拝見しますに、薬局は地域の情報提供機能の一つになっているであろうと考えます。
地域住民の方々の相談機能を備えた情報交換の場としても活動なされている訳で、手前勝手で恐縮ですが、福岡市医師会と福岡市が連携し推進しております「在宅ケア・ホットライン事業」、「痴呆性老人支援ネットワークづくり事業」は全国でも初めての試みとして注目を集めており、これらの紹介にも力を入れていただきたいし、薬局の隅にでも、介護器具の展示や説明コーナーを設けられたら如何でしょうか。
福岡市桑原市長は、健康で、おもいやりのある人づくり、地域づくり、やすらぎ、豊かさの街づくりをめざしてあります。この為、我々医療人は、地域に根ざした校区や町内などの近隣の莱援体制づくりや既存の地域組織との密接な連携、又、ボランティア活動への積極的な参加が必要であろうと考えます。
機会を見つけ、ご一緒したいものです。
福岡市の保健所では、平成4年度から、在宅ケアホットラインという窓口を設けていますが、ご存じでしょうか。
この度、この窓口の開設の1周年の記念と、また、これをよりたくさんの市民に知ってもらいたいという目的で、さる6月12日早良市民センターにて、在宅ケアシンポジウムが盛大に開催されました。(来場者的500名、この種の行事にしては異例)。
まず第一部では、大阪府松原市の阪南中央病院の岡本裕三氏による、「ねたきり老人ゼロをめざす地域支援体制づくり」という題の基調講演が行われ、ひきつづいて、第二部としてこ パネルディスカッションがおこなわれました。
パネルディスカッションには、市医師会理事「樋口正士」氏、福岡市市民福祉サービス公社事務局長「小河泰久」氏、西区玄洋校区社会福祉協議会事務局長「大内士郎」氏、ぼけ老人を抱える家族の会福岡支部代表「片岡ツル子」氏、現在実際に介護している家族の「塚本球枝」氏の各氏が参加、それに保健所の代表として私も参加させていただきました。
岡本裕三先生は老人問題の専門家で、福祉先進国といわれているデンマークをすでに5回も訪れておられます。講演は、デンマークの実状や、また、阪南病院での実際の経験に関するもので、豊富なスライドをっかってのお話でした。デンマークでは、高齢で動けなくなっても、普通の生活が出来るように、24時間の介護の体制がしかれています。老人のための施設はすべて立派な個室となっていますし、また、本人の希望で、自宅で生活する場合には、手すりやスロープなど必要な家の改造費は、数百万の単位で援助されているとのことです。車椅子など介護た要する機器も、すべて支給されるようになっており、細かいところでは、毎月1回の髪のセット、年に2回のパーマの料金なども公費になっているとのことでした。
スライドでは、車椅子にのった老人が、おしゃれや、化粧をしている姿が写し出されていました。また、車椅子姿の老人たちが、お金を賭けてブリッジをしているものもありましたが、これは特に先生が気に入っている光景で参ることを強調されました。先生によると、ねたきりにならないためには、施設や介護もさることながら、本人に楽しみや精神の自立があることが、さらに重要なことで、日本のように寝巻やパジャマ姿にしてしまうと、人間としての尊厳が損なわれてしまうのだそうです。
また、福祉にお金をかけるのは、大変なことにも思われるのですが、これも考え方によるもので、たとえば、24時間の介護体制は、デンマークでは、重要な雇用の場となっているということですし、また、数百万単位の家の改造費用や、車椅子ベッドなどの公費購入は、一種の公共事業とも考えてもよいもので、実際デンマークでは、これによって、関連の産業が大きな発展を遂げているとのことでした。
日本の福祉に対する姿勢と比較して、また、直接には関係ありませんが、現在、諸外国から内需拡大を求められて苦心している日本の現状を思い、深く考えさせられたのでした。
ひきつづいてのシンポジウムでは、前半は保健所、医師会、福祉の各分野の取り組みが紹介されたのですが、この中で、私は福岡市における在宅ケアホットラインについて報告を致しました。
さてこの在宅ケアホットラインてすが、これは、現助役の加藤竺子先生が、まだ局長であった平成2年に、衛生局で構想が練られたものです。動機は、ねたきりや痴呆の老人をかかえる家族が、どこに相談すればよいか分からなくて困っているというところからでした。
たとえば、痴呆の老人が夜騒ぐので入院させたいが、どこの病院でも、専門でないといって断られているとか、あるいは、介護サービスなどを受けようとしても、どうしてよいか分からないということなどです。
そもそも、世話をしている老人が、ねたきりなのか痴呆なのか、最初から自分で判断できる人はほとんどいないのですが、そのうえ、数あるサービスの中から何かを選ぶということは、ほとんど至難の業です。混乱した状態で、ある場合は病院に行き、ある場合は福祉に行き、痴呆だから専門でないとか、ねたきりでないから、対象にはなりませんとか断られて途方に暮れているのが実態だったのです。
そこで、一本化した窓口の設置が急がれたのですが、保健所に窓口をおくことは、なかなかの難産でした。結局トップの決断によって実現の運びとなりましたが、「保健医療福祉の連携」の重要性が、声高に叫ばれている今でも、人口百万人クラスの大都市でこのようなことが実現できたところは他にはありません。
また、この過程の中で医師会との協力体制ができたことは、さらに大きな収穫ともいえるものでした。相談の中には、当然医療に関するものも多く、また、医療機関の協力なくしては在宅ケアの継続は、不可能なのですが、私ども行政からのお願いに対して、市医師会は会を挙げて協力してくださることになったのです。
現在医師会には、在宅医療委員会というものがっくられて、在宅ケアホットラインからの往診や入院などの依頼に、直接対応してくださっています。また最近は、これにどとまらず、福岡市医師会は、在宅医療を、従来の、入院、外来に次ぐ第三の医療として位置づけ、医療機関同士の連携の推進や、全員の啓発など、国の政策を先取りするような積極的な活動に取り組んでおられます。在宅医療という言葉がつかわれるようになって久しくなりますが、医師会が、組織的に率先してこれに取り組むということも、これまた他に全く例を見ないものです。
在宅ケアホットラインは、平成3年度の試行を経て、平成4年度から福岡市の全保健所で実施されています。相談の累計は、1,787件(平成4年6月から平成5年3月まで)となっており、毎月20〜30件程度の新しい相談がきていることになります。内訳は、ねたきりに関するものが625件、痴呆老人に関するものか475件、その他ねたきりや痴呆ではないが、いろ いろの問題をかかえている老人に関するものが111件となっています。 最近は、単に医療福祉の範疇にとどまらない、幅広い分野にまたがる内容になってきているようです。この中で、特に、直接薬剤師会に関するようなものとしては、たとえば、紙おむつや介護のための用品を売っているところを教えてほしいということなどが、代表的なものですが、最近は、健康のための薬品食品についての問い合わせなどもみられるようになってきています。今後は、医師会のみならず、もっと幅広く理解と協力を求めていくことが課題と考えておりますので、よろしくお願いいたします。
シンポジウムの後半では、地域の取り組みや要介護老人を持つ家族の苦労などが、発表されました。とくに最後には、在宅ケアホットラインに相談して、介護が少しは楽になったという実際の経験談が発表されたのですが、聴衆一望、あらためて、介護しているご家族の苦労に思いをいたしながらの閉幕となりました。
「保健医療福祉の連携」を合い言葉に、在宅ケアホットラインは、開設されたのですが、高齢社会の問題はこれで解決するわけではありません。従来の範疇を超えてさらに幅広い分野の協力が必要になっていくものと考えられます。しかし、それ以上に、高齢者の人間としての尊厳を守らなければならないという意識の改革はさらに重要なことです。また、これとは別に、高齢者福祉が、国を豊かにするための産業としても成立しなければならないことも大事なことではないでしょうか。助けるもの、助けられるもの、共に報われる社会の実現が望まれています。
西日本新聞の紙面で〔在宅ケア・シンポジウム〕が開催されるのを知った。主催は福岡市、福岡市医師会、西日本新聞社。後援に福岡市歯科医師会はもちろんあったが、なぜか薬剤師会はない。
なぜ?どうして?WAY?
平成5年度医薬分業推進関係予算要求の概要には、本年度の新たな事業費として、在宅医療薬剤供給推進事業が設けられているにもかかわらずにである。
在宅ケア・シンポに、医療人たる薬剤師が、どうして新聞社にハガキで申し込まなければならないのだろう。少々つらいものはあったが「これじゃ、いかん」とばかりに、早速申し込んだ。一人で行くよりも仲間は多い方がいい。会場が早良市民センターになっていたことから、広報委員の橋口さんを誘った。
シンポジウムは、阪南病院で在宅ケアに取り組んでおられる、岡本裕三内科医長の基調講演と、6人のパネリストによる報告とディスカッションの二部構成。パネリストの一人、大内士郎さんは市薬B会員。しかし、残念ながら肩書きは薬剤師ではなく、玄洋校区社会福祉協議会事務局長であった。
休憩時間に会場後部に設けられていた福岡市医師会席で、村山副会長と山本理事にお目にかかった。村山副会長には「あらっ、これには薬剤師会は関係ないちゃない?」と不思議そうに言われ、山本理事には同席を勧められ、結局シンポジウム後半は医師会席で聞くことになった。
配られた資料の中にアンケート用紙があり、休憩時問に集められていた。コーディネーターは、70ほどの意見が寄せられていると、その中のいくつかを紹介され、最後に薬剤師さんからも参加したいとの心強い申し出がありますと結ばれた。 それを聞いておられた村山副会長と山本理事は、異口同音に「あーっ、書いたろう」ですって。‥‥ン!?
その時は、てっきり私の紹介がされたと思っていた。ところが、後で聞くと橋口さんも書いていたらしく、どちらが読まれたのでしょうねということになった
在宅ケアについては、ゴールドプランが策定されたときから日薬はアドバルンを上げていたはずだ。今回の会営薬局についた福岡市の予算もまた、在宅ケアへの取り組みのものだと聞いている。それなのに医師、歯科医師、看護婦、保健婦、ヘルパー、市民ボランティアなどが関わっている在宅ケアに、どうして薬剤師が入っていないのだろう。いたたまれない気持ちで、村山副会長に自分が体験した薬剤師なりの在宅ケアをお話した。先生は「それは、あなた個人の考えでしょう。それが薬剤師会の方針であるのならいつでも言っておいで」と言われた。そして、市医師会で在宅ケアを担当されている樋口理事に紹介してくださった。
全国的には介護型の在宅ケアが展開されている。その中にあって、医師会協力体制でのケアは、他に例を見ないもので〔福岡市医師会方式〕と言われる画期的なシステムとなっている。このように医師会は、常に地域との関わりを積極的に取り入れておられ、在宅ケアにも1年前から参画されているのだ。
今号へ投稿してくださった、市医師会の樋口先生も、介護用品を置いてある薬局の薬剤師さんには、ぜひ参加してもらいたいとおっしゃっている。また、行政からお願いした押領司早良保健所長も、「医師会のみならず、もっと幅広く理解と協力を求めていくのが課題だ」と書かれている。
このことからも、いかに薬剤師会が対外的な職能アピールに遅れているかと、情けなく思う。今後、地域の保健医療にどのように関わっていくのか。しかも、より積極的な参加が必要だ。地域医療への参加は、とりもなおさず“かかりつけ薬局”をどう育成していくかということであり、それは薬局の十分な浮揚策ともなりえると患う。薬剤師が地域住民から、かかりつけ薬局としての信頼を得られなければ、面分業は進むべくもないのだから。
それにしても、日薬が提唱しているのは介護用品の展示や、在宅医療薬剤供給推進事業。たしかにこれも大事なことかもしれないが、私が体験した在宅ケアは少し違っている。
医師会の樋口先生から原稿をいただいた日。時々オムツを買いにきては、薬のことを何かと相談していたヘルパーさんが、今度担当が変わるからと新しい人を連れて、あいさつに来てくれた。また昨年、前原市から講演を依頼されたとき、お世話をしてくださった保健婦の井上さんは「お年寄りを巡回していると、病院でもらった降圧剤を飲まずに、民間薬だけをのんでいるような人がいたりします。薬剤師さんに相談できたらと思います」と言っておられた。
このように、在宅ケアには医師や看護婦が訪問されるものと、保健婦やヘルパーが巡回されるものと二通りある。とくに後者のばあいは開局薬剤師として十分に参加できると考える。
実際には、店頭における介護者やヘルパーさんを通じての服薬指導と、必要に応じて、日曜日やお昼休みなどの空き時間を使っての訪問指導が考えられる。しかし、これとて決っして無理なことではない。空き時間であれば、一人薬剤師でも十分に対応できる。
定年退職後にボランティアの協力員をしている68才の人が、月隈から奈多まで行くのに、電車バスで、交通費が2,500円かかると言っておられた。もちろん手弁当だ。このような方もおられるのだから、薬剤師がその職能でもって、空き時間を使ってのボランティアができないわけはない。そして今回のシンポジウムのメインテーマは〔地域で高齢者を支える〕。
…そう、“地域で”である。
今春発表されたガイドラインには、薬局の機能として、調剤業務とともに地域医療への貢献がうたわれている。福岡市の医師会は606、歯科医師全は431の医療機関が在宅ケアに参加されているのに、薬剤師会は0。できることなら薬剤師会は全ての会員さんに手を挙げてもらえたらと思う。厚生省は、MRSAの消毒方法を含めた寝床の衛生管理や服薬指導に、かかりつけ薬局から薬剤師が訪問指導する在宅ケアを、2年後にスタートさせると発表した。
いま在宅ケアは、薬剤師会が何としても取り組まなければならないテーマだ。そして福岡市の場合、それも早急に。今すぐに参加したとしても、それでも1年は遅れているのだから。
6月12日(土)早良市民センターにて
主催 福岡市、福岡市医師会、西日本新聞社
後援 福岡市社会福祉協議会、福岡市市民福祉サービス公社、福岡市歯科医師会
在宅ケア・ホットライン開設1周年を記念して、シンポジウムが開催された。
何事も、取材取材と、軽い気持ちで出席してみたが、大変大きな課題を頂いてしまったというプレッシャーと、何かしなければという焦燥感で、胞が一杯です。
阪南中央病院内科医長、岡本裕三先生の基調講演では、「寝たきり」と言うより「寝かせきり」にされた障害者(病人ではない!と言われる。病気の後遺症を持って生きる人だという説)の人生を豊かにする手助けを、具体例を示しながら説明された。
死んだように表情のなかった人が、起き上がらせ、身ぎれいにし、外出することで、生き生きとし始める様子は、感動的であった。その後亡くなられた方も多かったようだが、人生の終末に、そのようにもう一度、生きている喜びを与えてあげられたという事で、本人も、介護する家族もその他のスタッフも、皆充実している様子が、しっかり伝わってきた。
早良保健所長、押領司文健先生からは、在宅ケアホットラインの現状の説明があった。何と1年間で1787件の問い合せがあったそうで、ホットラインで、それぞれ、医療機関、福祉、保健所などに振り分けて処理しているという。
相談の対象者は、寝たきり34.9%、痴呆26.6%、虚弱老人32.2%、その他6.3%
今まで病気ではないと対象にならなかった虚弱老人からも相談が多いので、驚いているそうである。そういう方でもディサービスや、ショートステイや入浴サービスを受けられるらしい。
福岡市医師会理事、樋口正士先生からは、医師会がどうかかわっているか説明があった。
住民がかかりつけ医療機関を持ち、どんな医療上のサービスでもその窓口を通して受けられるという。(薬剤師会がこの協力医療機関に入ってないのが残念。入るベキだと思った)
福岡市市民福祉サービス公社事務局長、小河泰久氏より、どのようなサービスが行なわれているか説明があった。歩行不能の67才の女性が、1人暮らしを続けていけるほど、きめ細やかなサービスがされている様子がよくわかった。雨戸の開閉から、食事の用意、洗濯、買物、入浴、リハビリの為のディサービスセンターへの送迎、保健婦訪問等々。
(私も1人っきりになっても生きていけそうだと安心した!)必要とする人に、早い時期(寝たきりになってしまう前の方が、本人も、介護する方もラク)に、サービスをしたい、福祉サービスを利用するのをためらわないで!という事であった。
その後、玄洋校区福祉協議会事務局長、大内士郎氏による、地域での実践事例の発表があった。地域ぐるみで支援する為に、ボランティア登録をして、できることをできる時間帯にしてもらっているという。
最後に、サービスを受ける側、介護する家族の立場からの発言が、片岡ツル子氏、塚本球恵氏からあった。介護する家族の平和と健康を守る為、がまんしないで是非ホットラインの活用を、との重い現場からの声があった。
大変有意義なシンポジウムで、アンケートに、薬剤師としてできることがあれば、是非かかわりたい旨、書いていたら、最後に紹介されて、「薬剤師」という単語が司会者の口から聞けただけでも進歩かな、と思ったと、木原先生に話したら、「アラ、橋口さんも書いたと?私も自分のが読まれたと思った」と、大笑いになった。
出席してみて、薬剤師はとり残されていると感じました。在宅ケアにかかわりましょう。それが医療人としての義務だとしみじみ思いました。
2ケ月に1回発行のジャーナルに辛うじて間に合ったホットなニュース。
7月19日、早良区三師会が開かれました。早良区にとっては画期的な出来事で実に10年ぶりだそうです。
医師会より8名、歯科医師会より9名、薬剤師会より清水、本村、有馬、藤田、南島、糸岐、橋口の7名、計24名の出席です。
乾杯の後、周りの先生方と名刺交換をした所で、順に自己紹介。皆様、実に個性的な先生方ばかりで、どの方も非常に楽しいユーモアとウィットに富んだ自己紹介をされ、次の人にプレッシャーをかけつつ、一巡したら、何と、もう10時になっていたという、本当に楽しい懇親会でした。
私は、うっかりと上座に近い席に座ってしまい、目の前に三師会の会長の先生方がいらっしゃるのという、恐いもの知らずの席でした。横に産科の森先生という方が座っていらして何となく一度お会いした事があるような…「あのー、もしかして室住団地近くの森産婦人科の先生ですか?」「え〜!実は8年ほど前、先生に診ていただいた事があるんですが…」 「だいじょうぶ、何も憶えてませんよ」と言われてホッ…とする一幕もありました。
医師会、歯科医師会の広報担当の先生方とも知り合いになり、会報を送って頂くことになりました。支部で、りっぱな会報を作ってあるのに驚きました。
自己紹介の時に、在宅ケアシンポジウムに参加して、薬剤師会も、関与すべきだと思ったと、私見を述べましたら、是非参加して下さいと言われ、あわてました。
組織として、どのような形で参加していくのか、市薬の方針をまだ知らなかったからです。是非、早急に、指針を示してほしいと思います。
次回はどう発展していくのか、楽しみな初顔合せでした。
(橋口)
今日の座談会のコーディネーターは県薬薬局委員の南島先生です。先生は前の県薬薬局委員長であり、基準薬局問題に、非常に真剣に取り組んでこられました。ガイドラインが基準薬局の延長線上にあることから、今回のコーディネーターをお願いしました。
以前は、学校の運動会といえば秋の行事として恒例になっていたが、最近では、5月や6月に開催される学校も多いようだ。
我が家の中学二年生、三男の運動会も6月6日ということで家族中楽しみにしていた。ところが運悪く4日の夕刻、サッカーの練習中に右足の甲を骨折し近くの整形外科に入院してしまった。本人はもとより夫も私もがっかりだった。当然、安静が必要で「今年は行かれんね」とほとんど諦めていたが、「見学するけん行く」と言いだし、どうにか院長先生の許可を得て、当日の早朝、病院迄迎えに行った。
ギプスに松葉杖という痛々しい姿の息子を助手席に乗せてグランドに向う。既に廻りのテントの中はシートやゴザが隙間なく敷き詰められ、前の方には多数のお年寄りや幼児達の姿が見うけられる。多分、孫の競技を楽しみに早朝から来ておられるのであろう。
運動会でのこの様な光景は昔も今も変らないようだ。開会式が始まった。
白一色の男子生徒の中で、エンジ色のトレーナー姿は一目で我が子と判る。ラジオ体操が始まった。青組の最後列で松葉杖をついて、立っているだけの姿に何故かしら目頭が熱くなる。少しでも近くに居たいという思いから青組の陣地近くの後方で観戦することにした。
選手に声援を送り、又時々、回りの友人達とふざけ合ったりしているが、同学年の競技になると一人だけポッンととり残されたように座っている。参加できずに残念だろうな、と思いながらも、より大声で名前を呼んだりして応援しているのを見て思わずホッとする。
昼食を挟み種々の競技を終え、3時過ぎに閉会式になった。帰りの車に息子を乗せる。朝は真白だった包帯も砂ぽこりで真黒に汚れている。「参加できて良かったね。」「うん・‥。」私自身も息子は競技に出れなかったけど一緒に来れて本当に良かった、と思っていた。
5日後、三男はギプスと松葉杖の姿で我が家に帰って来た。
それから二週間位経っただろうか。高校三年の次男が言った。「運動会の応援団長になってしもた」。見に来て、とも言わなかったが、家族皆で応援に行こうと思っている。
昨年同様、今年度も学校薬剤師さんを募集します。12月末までに申し込んでください。
再々校正の最後に吉田学校副会長から電話がありましたので、変なところに挿入することになりました。会員のひろばに割り込んだついでです。
「川井田さん、学校薬剤師を引き受けてみませんか」
4月11日ストックホルムよりコペンハーゲンを経ミュンヘン国際空港へ。いよいよこ、の旅のハイライト、薬局誕生の坤ドイツへ到着。まず驚いたのはドイツ大のでかさだろう。背丈こそ同じゲルマン系のスウェーデン人とかわらないが、そのいかつくぼくとっな雰囲気が1割かたは大きく見せている。そう言えば、かつてナチスプロパガンダ相ゲッベルスはそれまでポピュラーだったタイトな女性にかわり足の太くがっちりした典型的ドイツ娘をバレーその他の芸術領域に使うよう命じたと聞く。大きな体に優秀な頭脳。ヨーロッパの列強を敵にまわし2度も戦争をしたというのもうなずける。すべて大柄なドイツ人向きに作られているわけで、身長165cmそこそこの私はトイレを利用するにもつま先立ちで背伸びしなくてはならず、なんともみじめな気分である。
空港から外に出る。春だというのに暑いくらい。しかし2日後には大雪の予想だという。ドイツでは海に近い北へ行くほど暖かくなる。青空を背に山のように積まれた我々のトランクがゆっくりバスの方へ運ばれて行く。その積み重ね方が横から見ると力学的にパーフェクトで緻密なドイツ人をよく表わしている。小さな物を積み上げる作業は日頃ディスプレイなどでよくやるが、客の大切な荷物の入ったトランクでそれをするのだから驚きだ。
バスに乗り込みアウトバーンへ。デンマークがヨーロッパの空路の中心ならここドイツは陸路の中心。制限速度のないことで有名なアウトバーンはドイツ全士とオランダの一部に限り全く無料。ただでも幅が広いうえに場所により通路整備のための予備車線が設けられ、実に合理的だ。統計上、最も安全な速度は130km/hだが同時に制限速度を設けない方が事故が少ないという統計もでている。170〜180km/hで走っている車も少なくない。だが近年その排ガスが森を破壊する恐れがあるため制限速度を130km/hにしようかという案もあがっている。
街を走る市電のレールに気をとられているとそこはもうミュンヘン市街。超高級店が軒を連ねるマキシミリアン通りでバスを降りる。ヒトラーがナチスの旗揚げをしたというビアホールHofbrau Hausへ。昼食はドイツ名物ソーセージ。あたりを見回す。海外でいつもとまどうのは、はたしてこの人はどういう人なのかと判断がつかぬことだ。まっとうな人なのかちょっと危ない人なのか全く予想がつかない。しかしここではいくぶん勝手がちがう。パンチパーマにサラ金カバン、金のプレスレッドのお兄さんがうろうろしている。あれに金の蒲鉾指輪をしていたら100点満点をあげたいところ。昔からヨーロッパでドイツ人が野暮だとばかにされているのも無理のないことだ。しかしながらあのようないでたちの兄さん方を見ていると何となく故郷に帰ったようなほっとした気分になるところをみると、この私も決して洗練された男ではないのたろう。
ヌードル入りのスープが出され続いてビールとソーセージが。私の隣の某氏は買い物に忙しいらしくまだ帰ってこない。料理がさめはしないかと心配していたらボーイが来て、後から来た紳士のテーブルに持っていく。日本なら、いったん他の客に出した料理を他の客にまわすなんてとても考えられない。紳士はにこやかにスプーンを取りスープをすすり始めた。私の隣席の某氏はこれでできたての熱いスープを手にいれることができたし、紳士は持たされることなく食事することができた。合理性の要素は理屈ばかりと限らない。
ミュンヘンは人口約125万の中都市ながら第2次大戦後はドイツ経済の中心となった。ドイツ人は日本人同様、土地への執着が非常に強い。一つの統一国家を願いながらも今だその夢を果たせず、連邦という形をとっている。16の州があり、それぞれ州により学校制度までちがい非常な不便をきたしている。ヨーロッパでもミュンヘンのあるバイエルン州はスペインのカタル一二ヤ地方と並んで独立意識が高い。日本でもその昔、パリの万国博覧会に島津家や鍋島家が独立国として出展し、幕府重臣達を慌てさせたと聞いているが、バイエルン人の独立意識たるや現在の九州人の到底およぶところではなさそうだ。
マキシミリアン通りで薬局のサインをみつけドアを開けようとするがビクともしない。ドイツでは法による制限があり土曜日の営業は通常14時まで。ドアをがたがたやっていると薬剤師が出てきてかぎをあけてくれた。はるばる東洋からの旅行者が体調をくずして困っているのだろうと、親切からの時間外業務である。無理に開けてもらった手前、何も買わずに帰るのも気がひける。かといってバイエルアスピリンでは芸がない。そこでDrMADAUS社のAgiolax(日本での商標はサトラックス)を求めることにした。
ドイツではカウンターやバック棚にあまり薬がならんでいない。薬剤師は奥の方へいき、引出しを開け、Agiolaxを取り出し、ゆっくりとこちらへ戻って来る。カウンターの上において私に確認をうながす。そのなにげない動作の実に堂々としかも洗練されていること。
いくら安定供給され水や空気のようにあたりまえになっているとはいえ、やはり薬は貴重品なのだと我々に示すパーフォーマンスにも思える。
これよりロマンチック街道に入り、ノンシュバンシュタイン城をめざす。ロマンチック街道などというださい名前はおそらく日本の観光業者がつけたにちがいないと思っていたら意外なことにもドイツ語であった。ドイツ語ではRomantische Strabeというのだが、残念ながらその意味はromanticではなくRomanでローマヘの道をあらわしている。
ローマ人の土木建築への固執は相当なもので、小川にも立派な石の橋がかかっており、それが現在のバスの通行にも充分に耐えているのだから驚きだ。
ドイツ人は非常にドライブ好きで休みとなると愛車に乗って出掛けることがおおいそうだが、ドライブインらしきものが全く見当たらない。弁当を作ってもって行くことが多いそうでその楽しみ方も我々日本人とはずいぶん違う。
いくつものコミュニティーを通過する。その中心には必ず教会と薬局がある(4−1−A)。昔から薬局が人々の生活にどれほど欠かせぬものだったのかと言う事を物語っている。
数時間のドライブの後ノンシュバンシュタイン城に到着(4−1−B)。自然に挑戦するかのように山の急斜面に立ちはだかるその姿は有名だ。しかし内部は、美しい外観とは対象的に恐ろしいまでに陰気である。この城の主もここに住むようになって、そう長くは生きられなかったのだそうだ。
息のつまりそうな城を抜け出しホテルのビアガーデンで乾杯(4−1−C)。ビルの屋上ではなく文字どうり森の中のビアガーデンで、目の前にいる烏のさえずりを聞きながら、美しい城を見上げ楽しむ本場のビールは最高である。
このホテルはどうやら高級割烹旅館みたいなものらしい。夜遅くまで地元のバースデイパーティーがおこなわれていた。歌あり踊りありで、そのおじさん臭さときたら日本のお座敷芸とよい勝負。ホテルでの宴会ばか騒ぎは日本人の専売特許でないらしい。
4−24月12日森の中のホテルでの目覚めは実に最高。なんとなく体が軽くなったような気分。これからハイデルベルグまで約10時間の長旅が始まる。バスが動きだすとドイツ連邦薬剤師洋子オブハイ斉藤先生のレクチャーが始まる。(この時の記録は当レポート1−3−Aに記した)必死でメモをとるため美しい景色を見る余裕など全くない。
レクチャーの後、パイルプラクティカとホメオパシーについての質問をした。ドイツにも日本と同様に今なお伝承医学が生きていると聞いていたからだ。
パイルプラクテイカとはナチ政権時代に認められた医療類似行為を行う人達で、処方権はもってはいるがその範囲はOTC薬とホメオパシーに限られており、当然のことながら保険は適用されない。ここで“処方権”という言葉の定義だが、ヨーロッパの感覚からすると、客から「このような症状には何がよいか」と聞かれて「ならばこれがよいでしょう」と薬を選んであげる事も含まれているようである。
したがって日本ではOTC薬と伝承薬に関しては薬剤師にも処方権が認められているということであり、これはおおいに喜ぶべきことだろう。ヨーロッパにおいて、たとえばスエーデンでは近年まで、客からの薬に関する質問に答えることさえ認められてはいなかった。薬剤師が薬に関する質問に答えることができるようになったのは、750年にもわたるヨーロッパの薬局の歴史のなかでもごく最近のことなのである。
次にホメオパシーであるが、これはドイツ伝承薬のことで、具体的には私の知る限りハーブである。おそらくアロエやセンナもこの範疇に入るだろう。近年ドイツで非常なブームだそうだ。ホメオパシーはドイツ薬局方にも収載されており、その種類もふえてきているそうだが、効能効果の記載は許されず。また保険の適応もうけられない。ホメオパシーの基本理念はあくまで“毒は毒をもって制す”であり、中国伝承薬の薬草に関する考え方とはずいぶんちがっている。
2〜3の町で休憩を繰り返す。そこで見た数軒の薬局、なかでもStadt Apotheke zum Engel(4−2−A)のファサードは、その名のとうりそこに行けば天使に会えるのではと錯覚するほどすばらしい。
日曜日でどの薬局も閉まっていたのだが、ディンケンスプルグで運よく休日当番をしていたAdler Apotheke(4−2−B)に入ることができた。子供連れの客が多いのか子供の日の高さにプラスチックでできた動物のおもちゃが沢山かざられている。Babyと書かれた情報誌が沢山並べられている。実に心にくい。(4−2−C)
ヨーロッパの薬局ではほとんどの場合、引出しに薬を保管しているがこの薬局では珍しくそうではない。引出しだと確かにほこりや光から薬を守ることができるが、その中に眠る数千〜数万アイテムの在庫を管理しようと思えばコンピューターの助けなしには到底不可能である。わずか30数坪、ドイツではおそらく基準ぎりぎりの広さではなかろうか。そのせまいスペースの中に美しい木の棚が間仕切りの様に置かれ、そこに薬ぴんが実に格調高くならべられている。(4−2−D)
ドイツではどの薬局にも、閉店後のためのベルと案内が入口横に設けられている(4−2−E)。地域において休日当番制が義務付けられており、初めて来た薬剤師が業務に支障をきたさぬよう、その構造設備はかなりシステマチックにできている。日本と違い薬剤師の常駐が義務ずけられており、たとえ5分たりとも不在は許されない。
次に立ち寄ったのは、中世ドイツの町並みを最も完全な形で今に残すローデンブルグ。町の中央広場に面してドイツに現存するもので最も古いとされるMarien Apotheke(4−2−F)がある。残念ながら日曜日で入れない。
玄関の前に立ち広場を臨む。大きな共同井戸と広場を中心に町は広がり、最も外側を城壁がとり囲む。日本の戦国時代の戦争があくまでも支配者どうしのものであったのに対しヨーロッパの戦争は一般市民までまきこんだものであった。一つの町を実に数十年の長期にわたりとり囲んだという例もある。もともと日本のようにトイレなどの設備はなく、し尿は窓からたれ流し。町は汚物の山と化す。疫病が蔓延するのは時間の問題である。
わたしは現在の美しい町並みとは対照的に、汚物や死体の山の間を疫病や死の恐怖におののきながらさまよう人々を想像し一人胸のつまる思いがした。Marien Apothekeの薬剤師は薬局の窓越しに、どのような気持ちでその様子を眺めたのだろう。ペストの大流行で当時ヨーロッパの約1/3の人がたおれ、その結果として衛生の観念が生れ、薬剤師への評価は一段とたかまった。
もともとヨーロッパ人には衛生の観念がない。日本人は神の加護を得るために水に打たれ身を清めるということをする。ところが中世ヨーロッパではそうではなかった。十字軍はなやかしきころ、ある町にセピアという名の婦人がいた。悲しい事に夫は戦争にいくことになる。戦地から無事戻って来れたのは数年後のことであったが、この間セピアはただの一度も肌着を脱がなかった。純白だった彼女の肌着は汗と垢で茶色がかった黄色に変色してしまっていた。その肌着の色を“聖なるセピアの色”“セピア色”と言うようになったそうである。もともとヨーロッパ人には神に近づくため身を清め体を清潔に保とうという 観念がないのだ。 (続く)
先日、有志で、薬草観察会(バーベキュー大会?)に行きました。生憎、うちのチビちゃん(7才)がヒマにしていたものだから連れて行きました。雨まじりの天気で、私達炊事当番が炭に火を付けるのに手こずっていたころ、娘は、ちゃっかりと年上のお友達をつくって、仲良く釣りの手ほどきを受けていました。が、なかなか釣れません。くやしかったとみえて、お昼を食べてから、又、「おじちゃん、いこう!」と言ったそうです。
おじちゃん=有馬先生は、「こりゃ、どうしても1匹、釣らせんといかん」と責任を感じられて、1日中娘につき合って下さいました。やっと、1匹釣れた時、一番喜んだのは、釣らせた有馬先生だったかもしれませんね(親としてもホットした)。
帰って父親に一生懸命報告していましたが、今では週末になるとまた釣りに行こうと誘われるのではないかと、父親の方が戦々恐々としています。
(樋口)
帝京大学付属溝口病院の石塚洋一教授らのグループは、スギ花粉症にチュウインガムが効果的で、とくにペパーミント系は4〜5割の有意率を示すと発表した。患者40名に実験した結果、14名(35%)がガムをかむことで症状を軽減させたというもの。40名を4グループに分け、4種類のガムを1日6枚、午前3枚、午後3枚に分け、1枚5分ほどかみ2週間行った。
かむという行為が、口腔内組織への血流を増加し、それにより鼻腔内の血流も改善され、鼻アレルギー症状が軽くなったとも思われ、またガムに含まれるペパーミント成分の鼻粘膜に対する効果が相乗して花粉症のアレルギー症を軽減させたものと考えられる。
有効率 無香料ガム 14.3%
シネオール強化のペパーミント 40.4%
ペパーミントガム 25.0%
メントール強化のペパーミント 46.7%
牛乳をたくさん飲むと、日本人の10〜20%程度は、下痢、腹痛、腹部不快感を呈する。いわゆる乳糖不耐症である。
牛乳中の乳糖は、小腸絨毛表面の上皮細胞に取り込まれたのち、ラクターゼ(乳糖分解酵素)の作用を受け、グルコースとガラクトースに分解され、吸収される。
ラクターゼの欠損では、乳糖吸収不全になり、腸中の乳糖濃度が高まる。すると、滲透圧の関係で、生理的な程度をはるかに超えた量の水分が腸内に移行する。また腸内細菌により乳糖が醗酵され、乳酸や炭酸ガスが生成し、腸を圧迫したり刺激したりする。
以上が作用機序であるが、もっと牛乳を飲みたい人の為に乳糖分解乳が市販されている。「雪印アカディ」がそれである。牛乳中の乳糖を75%程度を分解し、乳糖不耐症の人でも飲めるという。25%の乳糖を残している理由は、下記の通りです。
@牛乳を飲んで下痢を経験した人でも、長期間飲用することでそのような症状がなくなることがある(乳糖を摂取することで小腸ラククーゼが誘導されてくるという説)
A小腸ラククーゼの分解を受けなかった乳糖は、腸内細菌により腸内が酸性になり、その結果カルシウムの吸収が良くなる(腸内酸性説)
B乳糖は分解されてグルコースとガラクトースになるが、その際甘みを増す。そこで75%分解にして、生成する甘さを抑えている。
胃炎の保険適用が認められているのは、シメチジン、ラニチジン、ファモチジンの3種類である。防御因子系薬物の代表である塩酸セトラキサートを対照薬とした二重盲検比較試験で、自他覚症状の総合改善率は、全てのHzブロッカーに有意差はみられていない。しかし各症状別では、‘痛み’にはラニチジン、シメチジンが、‘嘔気’にはシメチジンが対照薬に比べ有意に優れている。中等度改善以上の改善率は、シメチジン、ラニチジンでは、2週で有意に高率であった。内視鏡所見別には、‘ぴらん’ではラニチジン、シメチジンが2週で、ロキサチジンが終了時に、ファモチジンが前庭部において。‘浮腫’にはシメチジンが2週で。‘発赤’ではロキサチジンが2週でファモチジンが前庭部において夫々改善率が有意に上まわっている。
胃炎に対してのH2RA投与法は1日1回でも2回でも効果は同等であり、患者の都合の良い方を選べば良い。服薬回数が少ないほど服薬率は上がる傾向があるが、服薬が1回抜けた時の影響が大きい。また症状があるときは患者は頻回投与の方を好む傾向がある。
基調講演(18:00〜18:45)
医薬分業の理念と現状
福岡県薬剤師会 会長 荒巻善之助
一般講演(18:45〜19:30)
1.院外処方せん発行の立場から
1-1) 九州大学医学部付属病院の院外処方せん発行の考え方と現状の問題点
九州大学医学部付属病院薬剤部 調剤掛長 吉川学
1-2) 処方検討会の意義について
九州大学医学部付属病院薬剤部 小林光恵
2.院外処方せん発行受理の立場から(19:40〜20:20)
2-1) 広域病院の院外処方せん受理に対する考え方と会員指導について
福岡市薬剤師会 商支部 支部長 大庭秀臣
2-1) 広域病院の院外処方せんを受理して
徳松薬局 管理薬剤師 松井昌也
3.討論(20:20〜21:00)
1961年に端を発する医薬分業の歴史から紐とき、現在に至る情況を説明。メリット論ではこれ以上分業が進まない。イデオロギー論でいかないといけないと強調された。医者と患者との関係の変化、医師と薬剤師の関係の変化をとらえていなければならない。開局薬剤師が実力をつけないと、大資本の参入を許すことになると、研修の大切さを説かれた。
1・院外処方せん発行の立場から
(1) 九州大学医学部付属病院の院外処方せん発行の考え方と現状の問題点
九州大学医学部付属病院薬剤部 調剤掛長 吉川学
九大病院では院外処方せん発行に伴い、入院患者へのかかわり=臨床薬剤業務の試行を始めているという話があった。
また、院外処方せんを受け入れる保険薬局への期待を述べられた。即ち、OTC薬局ならではの業務、個々の患者さんへの対応、服薬とOTC薬、食事療法との関係などである。個々の生活環境を熟知しているかかりつけ薬局だからこそできるアドバイスを、と言われる。
2.処方検討会の意義について
九州大学医学部付属病院薬剤部 小林光恵
薬剤師は薬剤師としての能力の活用によって社会へ貢献しなければならない。服薬指導を通して薬物療法の向上に寄与しなければならない、と理念を述べられた。聞きたい情報がかかりつけ薬局で、どれたけ満たされるかが、院外処方せんがどれだけ伸びるかにかかってくる。患者の信頼を得て、かかりつけ薬局を持つことの重要性を認識させなければならない、と説かれた。
その後、実際の処方検討会の様子を紹介された。
3.院外処方せん発行受理の立場から
(1) 広域病院の院外処方せん受理に対する考え方と、全員指導について
福岡市薬剤師会 商区 支部長 大庭秀臣
市薬の面分業への取り組みの歴史を説明された。日々研讃を積んで、質の高い薬剤師になることが必要だと説かれた。
患者からの苦情も含めて、具体例をあげながら、質の高い薬局への要望を述べられた。
(2) 広域病院の院外処方せんを受理して
徳松薬局 管理薬剤師 松井昌也
広域病院からの院外処方せんを受けているOTC薬局の立場から具体的な現状の説明がされた。代理の人が取りに来る場合もあり、場合によっては本人に届けて、キチンと説明をする必要があるかも知れないとの提言があった。
また、かかりつけ薬局は、OTCを扱っている必要があると述べられた。処方せんを受けている為に、他の客の対応が不充分になることがあるという悩みも述べられた。
その後討論に入り、具体的な問題点について活発な意見の交換がなされた。
(報告 橋口)
6月26日(土)県薬会館で、決算代議員会が開催された。3月の通常代議員全と違って、今回は決算についての審議。本会計が承認されなかったら大変だと思われたのか、県薬から九大にかかった経寅1,330万円を、市薬立替金とする件について、事前に相談があった。会営薬局問題で苦慮している市薬執行部にとっては、またまた頭の痛い問題を抱え込むことになったのである。
そこで、会長以下執行部は「こりゃぁ、おおごとばい!」とばかりに、すぐさま県薬に跳んでいった。帰るなり、市薬理事会で早速検討された。昨年11月の市薬臨時代議員会において、九大FAX分業を市薬の事業として位置づける承認は得られなかった。したがって、代議員会の承認が必要であろうと結論づけられた。
これぽっかりは、いくら県薬からのお願いとはいえ、おいそれとは受けられないわ。
当日は、まず清水代議員がきびしく(?)福岡ブロック代表質問。足りないところは、合澤専務理事が一般質問で補足しようと言うことになった。いっもは北九州に押され気味で、どちらかというとおとなしいのが福岡の代議員さんだが、今回だけは様子が違っていた。大庭代議員、栗田代議員と矢継ぎ早やに、かなり厳しい口調で県薬執行部に詰め寄った。
1時間ほどの質疑の後、議長が採決されようとした時、市薬選出代議員は、そろってみんなでヴーイング。予算がこのまま採決され、賛成多数で通されたんでは、会員さんに顔向けならないというもの。みんなで頑張った結果、本会計の中で市薬への立替金の部分だけを保留にするということで、採決された。
という次第で、よかったぁ、ほっとした。
本年度、市薬が組んだ面分業のための特別事業費は4,130万円。これ程の予算力を持っている市薬である。たかが1,330万円ぐらいの端した金(ちょっと言い過ぎかしら?)で、オタオタなんてするものですか。
九大FAX分業については、スタート時から県薬と市薬のゴタゴタで、もとーい!訂正、若干の意見の食い違いがあった。会員を選別された事がない、県薬他支部の代議員さんには、どうして福岡市薬がこれほどまでに反対するのか、たぷんわかってもらえなかっただろう。
いずれにしろ、福岡市薬に大きな宿題が残されたことには間違いない。
(文責 木原)
第70回臨時代議員会代表質問事項
福岡ブロック (質問者 清水達三)
1)決算書において立替金として13,300,000円が福岡市薬剤師会に対してと記してあるが、これはどういう意味であるか。又、ハードとソフトの内訳はどうなっているか。
2)前回の代議員会における付議事項では、九大処方せん応需に対する事業は県薬と明記してあるが、この点と立替金の考え方はどうなっているのか。
質問要旨
1.決算書において立替金として1,330万円が福岡市薬剤師会に対してと記載されているが、これは納得いかない。つい前回の県薬代議員会付議事項にも、九大処方せん応需に対する事業は県薬と明記してあるではないか、何時どこで擦り替わったのか。福岡市薬の代議員会では県薬の事業として認識しており、福岡市の事業として取り扱ってはいない。「福岡市への立替金」ではつじつまが合わないではないか、いくら県薬とは申せ突如、県から福岡市薬へでは納得できない。福岡市薬への立替金は訂正してほしい。もし言うなら「福岡都市圏」のとか、少なくとも「九大処方せん応需者」への立替金ではないか。
2.そもそも、九大処方せん発行の時点から県薬の事業として、あやふやな「プロジェクト92」なるものを県薬が作り、主体は県薬、実務は福岡市薬などと責任の所在が無いやりかたで、応需者には口を挟ませずに県薬の意向のまま、ゆがんだ処方せん応需が始まってしまった。これは福岡市薬の意としていた事ではない。応需希望薬局切り捨てや、膨大な費用の掛かる受付コンピューターシステムを残したままで、つまり、歪みを直さないままで福岡市に投げ渡すつもりなのか。
3.それでも県薬が1,330万円は福岡市薬の借金だとおっしゃるのであれば、まさか借金だけが福岡市薬と言う訳では無いでしょうから、仮に福岡市薬が承諾したとして以下の事項について手当はしているのか。
(1) 何時の時点までが県薬で、何時からが福岡市薬なのか、1,330万円の内どこまでが県薬の借金で、どこからが市薬なのか。
(2) また、ハードとソフトの内訳はどのようになっているのか。
(3) 1,330万円の借金の返済期限については決まっているのか。
(4) 「プロジェクト92」の処遇はどうするつもりなのか。
(5) 福岡市薬が受けたとして、今後九大処方せんが広域に散らばり始めたときの地域薬剤師会との問題はどうするのか。
(6) 今後の九大処方せん応需のやり方は、福岡市薬の納得いくやり方にやり直してやって行くが構わないのか。
第16回博多区薬剤師会定期総会
総会には三津家市薬会長、松枝市薬副会長、荒巻県薬会長、成国県薬務課長の来賓の参加を得て行われました。総会では平成4年度の事業報告と決算報告それに平成5年度の事業計画と予算が審議され、全議案とも満場一致で承認されました。また今回は市薬代議員の選出も行われ12名の新代議員が選ばれました。総会終了後、地区推薦の議員の方々も参加された懇親会が盛大に行われました。
(報告 山口)
薬剤師会早良支部定例総会
早良支部総会は会員が最も出席率の良い方法でと言う事で、ここ数年前より夜7時より早良区中心の料亭に席を取り、議事と懇親食事会をしています。
総会は松枝市薬副会長・清水支部長の挨拶で始まり、議事は時間をかけ過ぎないように書類に詳細に記して、スムーズに進行しています。懇親食事会は、8時より来賓の県議横田進太氏と市議渡辺史人民のお言葉を頂き、会席料理に鯛の生き作りで、年に一度のにぎやかな懇親会となりました。最近は広域病院院外処方箋応需で医薬品の譲渡も多くなり、会員同士の交流が盛んで話題も多く、夜遅くまで話が弾みました。
なお、早良支部5部会も下記のように各部会すべて総会が開催されました。
5月20日 早良部会総会 「一水」にて
5月21日 西新部会総会 「すし幸」にて
5月21日 藤崎部会総会 「すし幸」にて
5月25日 原南部会総会 「魚西」にて
5月25日 原北部会総会 「魚西」にて
(報告 支部長 清水達三)
平成5年度城南支部定期総会
平成5年度城南支部定期総会が、去る5月19日、市薬会議室にて開催、無事終了致しました。出席者:21名、委任状:14名と多数の出席者でした。
松枝市薬副会長並びに、栗田支部長のご挨拶の後、小林議長のもと、下記の議案の承認、議決がなされました。
1.平成4年度事業報告、決算承認の件
1.平成5年度運営計画、予算決定の件
1.市薬代議員選出の件
主な報告事項
○支部研修会の充実(年4〜5回ぐらい)
○本年は奉嘩薬局の更新の年(3年ごと)
○支部事業に対して積極的な協力、参加を。
城南支部市薬代議員名(本年度から4名)
栗田先生、式町先生、浦野先生、小林先生です。宜しくお願い致します。
(報告 松島)
議 事
1.会長あいさつ
第28回通常代議員会では、執行部よりご提案申しました議案は、すべて承認されました。ありがとうございました。ただ一つ残念だったのは、合澤専務理事が欠席されていたことです。なお、本日の理事会も欠席になっております。
2.会務報告
3.委員会報告 各委貞会より報告
会長より、未加入の保険薬局について、入会促進策を組織委員会にお願いしたとの発言があった。入会については、定款に部会長、支部長の承認がるいようになっているため、中々難かしいものもあるが、努力していく。
4.学薬、勤務部会、女子薬、商組報告
5.協議事項
(1) 訪選挙規定について
組織委員会より、市薬役員選挙規定(案)が提出され、藤原監事より第18条に、信任投票を入れた方がよいのではないかとの意見が出された。
(2) 国立中央と南福岡病院の応需者負担金について。
先の代議員全で可決されたことから、4月1日分から徴収する。
(3) 会営薬局について
休日夜間体制をとるとなると、急患センターの出動料から算出して2,400万円/年間かかる点と、備蓄センターについては、福岡医療圏を対象としたものであることの2つの問題がおこっている。その他にも、九宅協や地域住民との話し合いなど、難問題が山積している。
議 事
1.会長あいさつ
合澤専務理事が欠席されている件については、出席して欲しい旨伝えておりますが、いましばらくご猶予をくださいとのことでございます。
2.協議事項
会営薬局について
薬務課との話し合い状況について。休日夜間および福岡医療圏の問題については、状況を見ながら進める。
会営薬局の建設資金3,000万円と備蓄センターの1,000万円については、今泉の土地売却代金の4,000万円を充当する方向に進みたい
また会宮薬局の理念については、オーハンドラッグの備蓄や研修センターなどの意義が見い出せるはずであり、院外処方せんについては、会員応需を最優先ではかっていきたい。
休日夜間体制をしく場合の年間維持費2,650万円を特別会費で単純試算してみると、およそ7円アップになる。
議 事
1.会長あいさつ
本日は会営業局について急な進展がございましたので、ご相談申し上げたく支部長先生方にお集まり願っております。 なお、特別に古賀県薬副会長と藤原監事にご出席いただいております。コートハウスが古賀会長の時代に購入されたものであることと、大幅な予算の変更を余義なくされるためでございます。 また、このたびは専務不在の失態をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
2.分業推進支援センターについて
建設費
施設 32,070,000円
設備 22,176,750円
設計、監督、解体 5,000,000円
合計 59,246,750円
議 事
1.会長あいさつ
本会議から合渾専務理事に出席していただくことになりました。代議員会での反省も含めて、今後どのような執行部体制でいくかを話し合っていただきたい。
・三役会には担当常務理事を入れて協議してほしい
・対外的な交渉には担当常務理事を同伴する
・プロジェクトに替わるものとして常務理事全を認めてほしい
・情報はできるたけ早急に、正確に流してもらいたい
・すべての事業は理事会承認を得てからスタートしなければならない
・理事会での決定事項には、きちんと対処するなどの意見が出された。
議 事
1.会長あいさつ
薬務課より補助金の申請に代議員会の議事録を付けるように言ってきていますので、8月に予定していた臨時代議員会を急きょ7月10日に開催することになりました。 また、県薬から九大病院FAX分業にかかった経費1,330万円を福岡市薬剤師会への立替金として、県薬の決算代議員会に上揺すると言ってきております。
2.協議事項
(1) 全営薬局について
会宮薬局建設計画(案)について
イ. 資金運用ならびに調達について
備蓄薬品1,000万円を含む建設にかかる費用4,000万円については、
市薬会館土地売却による流動資産4,000万円をそのまま充当する。
運営経費の1,500万円については、本会計から念出したい。
ロ. 国立中央との交渉については、院外処方せん発行スタート時に交渉にあたった、
現県薬理事の正岡先生と小野常務理事が携わる。
ハ. 会営薬局の理念について
中島常務理事が作成されたものに、OTC販売と基準薬局を加えることで執行部案
とする。
二. 建設に伴う行政ならびに地元との交渉について、中島常務理事より報告
議 事
1.会長あいさつ
病気入院中であった細井副会長は先日退院されましたが、今しばらく静養なさりたいとのことです。本日は次の臨時代議員全に上提申し上げる会営薬局、定款改正、選挙規程制定の3件につき、支部長先生方にご相談申し上げたくお集まりいただきました。よろしくお願い致します。
2.協議事項
(1) 会宮薬局について
イ. 会営薬局設立について
ロ.会宮薬局予算(案)について
ハ.国立福岡中央病院との交渉について
二.設立に伴う行政ならびに地元との交渉状況について
ホ.その他
(2) 定款変更の件
(3) 選挙規程制定の・件
(4) その他
合渾専務理事より、平成6年度までは本会計から融通しあうことで進めたい。
土地代1億円すご−い!の返済が始まる平成7年度には、返済も含めて考えたいとの
大筋の説明があった。
質問要旨
・会宮薬局の名称についても考慮してほしい
・中央病院の開院は予定は7月と聞いているが、4月に完工してその間どうするのか
・オーダーリングシステムになったら、待ち時間が短かくなり、患者が院内を希望するのではないか
・院外処方が植えれば、FAX分業の経費も増大しないか休日夜間への対応は?
・交渉窓口には県薬を利用した方がよいのではないか
・GLにあるからには、国立だけを対象としたものではなく、経費がかかっても休日夜間体制で進むべきではないか
・福大の交渉状況を知らせて欲しい。城南支部なりの交渉をしたいので
・FAX分業については、人件費等見直す時期にきているのではないか
・不確定要素が多すぎて、皮算用になりかねない。4,000万円は土地代ならわかるが、建設費に充てるのはおかしいのではないか云また平成7年の土地代の返済に一般会費のみの値上げ案が出ているが、特別会費を値上げする案は考えられないのか
・九大の県薬立替金については、いっまでに返済しなければならないのか、はっきりとした契約書をかわしていた方がよい。
等々
県薬代議員会で「研修会参加時間上位(10位)」の皆さんに、記念品が贈られました。
福岡支部は次の先生方です
迫田 法子(大賀薬局)
富永 祥子(野間調剤薬局)
松村 紀子(フジタ薬局・那珂)
議 事
1.薬局業務運営ガイドラインについて
これからの薬局像につき、基準薬局との関連について討議。
2.基準薬局の更新、選定について
各支部長の意見も聞きながら、薬局委員会としての意見統一をはかる。
3.研修会について
次回の漢方研修会には、高山内科の高山宏也先生に「成人病に対する漢方薬の応用」という
テーマで、ご講演をお願いする。
議 事
1.6〜8月の出動表作成
準夜希望の女性から6人を準夜に組入れる
2.新規出勤者説明会について
希望者、武智秀明、小松公秀、後藤泰子
5月13日(木) 午後3時〜5時の予定
3.ゴールデンウィークの患者数について
準夜のみ、出動薬剤師を1名増員
4.確認カード検討の件
男女別をなくして、勤務割を決めていく方針
5.「処方と調剤申し合わせ」について
6.平成5年度急患診療出動料について
平成5年度の薬剤師の急患診療出動料が、下記のように変更されました。
記
議 事
1.平成4年度業務量統計について
患者数の大幅な増加がみられた
2.盆診療について
8月14〜16日は、各パートとも1名増員
3.図書購入について
4・パラメディカルとの懇親会
7月2日(金)「KKRはかた」において成澤理事出席予定。
議 事
1.平成5年度の活動方針の具体化について
(1) 組織(支部、部会)の強化
未入会者対策については、次回までに情報を集収して報告する。
C会員の範囲の拡大を、病院や薬局への勤務者を対象に呼びかける。
(2) 会員相互の親睦について
ソフトボール大会を10月24日に予定。
ポーリング大会を1月に開催したい。
(3) 定款、細則や諸規程の整備について
・会営業局の開設に伴い、定かんの改正が必要
・管理薬剤師をA会員扱いにすることの検討
・常置委員会に情報管理委員会を追加する
・代議員会の議事規定について
C 選挙規定について
市薬ジャーナルに掲載して、全員の意見集約をはかる
D 商組活動への支援、援助
議 事
1.市薬ジャーナル7月号の編集企画について
座談会には、女性薬剤師に「私なりのガイドライン」のテーマで参加してもらう。
2.6月12日(土)早良市民センターでの在宅ケアシンポジウムに、参加する。
そして在宅ケアを広報の対外的活動の一環としてとらえ、広報委員会でリサーチしてみる。
○梅雨中お見舞申し上げますと、少し皮肉っぽく言いたくなるような夏。“ちーたぁシャキッとせんね。もう夏の土用にはいったとよ”。おかげで夏物商品の動きが、今いちパーッとせんめーが。
○第29回臨時代議員会。会営薬局準備金の予算を承認してもらう会議です。昨年11月の代議委員会では、事業だけは承認され、予算は否決されていました。予算を伴わない事業なんてできるわけないのですから、本当に通ったんかいな?でございました。いよいよ会営薬局をスタートさせるための代議員会。
その前日、心配そうな広報委員の橋口さんからの電話。市薬ジャーナル5月号の、通常代議委員会質疑要旨の中に間違いがあったのを、早良支部が明日追究するとのこと。えー!それは大変!とばかりに早速議事録で確認いたしました。
34ページ右、上から8行目の深江代議員は清水代議員、15行目会営薬局は土地代にの間違いです。お詫びして訂正いたします。
それにしても、心づかいいっぱいの追究発言でした。
○7月18日投票日。雨は降るし、しろしいなぁと昼寝をしていた。午後4時ごろ帰ってきた子供達が、何やらポソポソ話している。今までお母さんに頼まれて投票していたけど、今日は○○さんに入れようヤ」と。…ナニ!?と思ったが、何しろ体が動かない。よくも2票減らしてくれたな、浮動票族め!母親がその日の夕食で、報復処置をこうじたことは言うまでもない。
川井田さんの「運動会」を読みながら、こげんときもあったとにねぇと、希薄な親子関係を恥じている。
(SAN)
ガイドラインって、読めば読むほど味がある、まるでスルメみたいと思いませんか。初めて目にしたときは、興奮して一気に読んでしまったのですが、何度読み返してみてもスゴーイなぁです。これからの薬局が、薬剤師会がどのように進んでいけばよいのかを的確に教えてくれるのですから、何と素晴らしいガイドさん。これに添って進んでいけば、薬局薬剤師は迷うことなく登っていけそうですね。
そのGLの17項は、薬事衛生等への参画、学校薬剤師への積極的な参画が提唱されています。今年度は51名もの会員さんが、学校薬剤師を引き受けてくださいました。これは市学薬史上において、大変画期的なことです。来年度も「GLにもあろうが、学校薬剤師活動等、地域の環境衛生の維持向上に努めるって。そやけん、学校薬剤師ば引き受けり」などと言いっつ、勧誘しようかなと、ひそかに考えております。
今年の梅雨は長雨で、プールの授業がなかなかできなかったたようです。そんな梅雨の晴れ間、朝からかかってくる引っきりなしの電話。「腰洗槽の残留塩素が、20ppmしかないんですけど」とか、「プール水本体がOppmですけど、どうしたらいいんですか」、過マンガン酸カリウム消費量は?などなど。慣れない作業で、新人さんがかなり手こずったり、苦労したりしている様子が見え見え。その上まずいことに、今年から腰洗槽の使用が義務づけでなく、学校側の判断に任されるようになりました。そのため、現場での指導がとてもやりにくくなり、余計に混乱を招いているようです。
でも、頑張ってください。プール水の上にも1年って、言いませんでしたっけ?1年やってみると、わかるようになりますから。何ごとも、GL,GLです。
ここに掲載しました給食センター職場環境調査は、実際に学業さんがやっている業務の一部です。学校薬剤師って、実際にどんなことをすると?と言う質問をよく受けますので、学薬会報『福市学薬』より転載してご紹介にかえます。
(文責 木原)
昨年の市学薬総会で「給食センターの出勤は負担になるので止めたほうがいいんじゃないですか」と、発言した本人が責任者なんだから、何とも皮肉なものだと思っている。とはいえ、引き受けたからには女の意地(?)にかけてもと、意気ごみだけは大きく、実情は青息吐息で頑張っている。
市学業が、教育委員会との委託契約に基づいて実施しているものに飲料水水質検査と給食センター職場環境調査がある。そして県教委から福岡医療圏の県立学校水泳プール水質検査を受託している。給食センター調査は、馬場正守会長の時代に、学薬さんの研修にもなるからと始められたものだと伺っている。私も新人のときには何度も出動して、馬場先生に厳しく教えを乞うたのを思い出す。
給食センター調査は、職場環境調査となっているため、学校環境衛生の基準とともに食品衛生法、弁当そうざいの衛生規範に準ずる項目も加味されている。
1.空気環境
(1) 気流
昨年改訂になった学校環境衛生の基準にのっとり、感覚温度の測定は削除された。そのため、カタ温度計または微量風速計を用いて気流を測定することになった。
(2) 浮遊ふんじん
基準が重量法に変わったことから、従来の吸光度による方法は意味をなさなくなり、デジタルふんじん計での測定に変わった。
(3) 落下真菌
従来からの落下細菌に加えて、食品衛生法・弁当そうざいの衛生規範に準ずる項目として、新たに落下真菌が加わった。
調査方法は、バレイショ・ブドウ糖寒天平板培地を入れたシャレー3枚を各測定場所に置き、フタをとり20分間水平に設置した後、再びフタを閉める。これを23℃±2の温度で7日間培養し、培地上に発生する真菌集落数を算定する。
落下真菌の検査は、基準にはないが、東京都のように空調がかなり整備されている地区では『東京都学校環境衛生基準』として独自に採用されている。
2.食器具の洗浄消毒状況
従来は、午前中に消毒保管中の食器具について、午後は消毒前のものについて検査していた。しかし、午後の消毒前の食器具を検査することについては、有為性が兄いだせないことから、午前中の消毒保管中の食器具だけの調査になった。
調査方法は従来どおり、でんぷん性残留物、脂肪性残留物および大腸菌群の検出となっている。ただし、第1回目の調査時には、養護学校用の食器具の調査が新たに加えられた。
3.騒音環境
騒音レベルの測定について学校保健法では、A特性5秒間隔で50回記録して、中央値および90%レンジの上腿値と下限値で示すとある。それに比し、給食センターは職場環境調査であることから、ビル菅法により、A特性で昼なく等価騒音レベルで測定することになった。
等価騒音レベルについては昨年、甲府の全国学校保健大会で、最近はグローバルに通用するのは、A特性ではなく等価騒音レベルだと聞いていた。この測定法は、非定常騒音の評価尺度として、実用性が高いと言われている。
つまり、給食センターのように、食器洗浄機やエアカーテンなどのように非常騒音を発するものが多い環境では、よりすぐれた測定方法とされている。
調査方法は、調理室・配送室で、各7地点程度10分間連続して等価騒音レベルを測定する。年1回、第2回目か3回目に2センター毎に行ない第1回目は行わない。
4.照度環境
調査方法は従来と変わりないが、基準が最大照度と最小照度で表すようになったことから、従来求めていた平均照度値と最大照度と最小照度の比は削除された。
このように平成5年度の調査委託仕様では、前述のような項目が変更になっている。給食センター調査は、一部学校環境衛生基準とは異なっているが、ほとんどは基準にある定期検査項目と同じである。そのためこれらの検査は、学校から依頼があれば実施しなければならない。
ところが、これらは薬剤師が日頃行なっている調剤業務とは全く異なっているため、新人研修会で1〜2度やったくらいでは中々修得できない。その点、給食センター調査は午前9時〜午後2時40分までの間、14回繰り返すので、一度出動すると、ほとんど人はマスターできる。
今回の調査には、嬉しいことに12名もの新人さんが参加された。今後も多くの会員さんが参加され、より積極的に学薬活動を勧めていかれることを期待したい。
(『福市学薬』第12号H5.7.1より転載)
7月4日(日)、衆院選の出陣式。土砂ぶりの雨の中を出かけた。応援演説の問、いくら“雨降って地固まる”とは言え、このひどい雨じゃ固まる土も流されて、固まりようがなかろう。しかし、そこは薬剤師。寒天培地の要 領でしっかり固めてあげましょうなどと、不遜な気持ちで立っていた。それぐらいの憂さ晴らしは、許してもらいたいようなひどい雨。頑張れコールをして、不遜な支援者を恥じながら、帰宅した。
「お母さん、さっき樋口さんと言う人から電話があったよ」と長男。今朝の朝日新聞に=薬剤師が訪問指導へ=の記事が出ているとのこと。前回の広報委員会で、在宅ケアを広報の対外的活動として取り組もうと話し合っていたので、てっきり広報委員の樋口さんが知らせてくれたと思った。
その記事には「在宅療養中の患者やお年寄りの家庭を、かかりつけの薬局から薬剤師が訪問して、服薬を指導する在宅医療を、厚生省がすすめる」とある。翌日、樋口さんから別の用件で電話があった。昨日のお礼を言うと「私じゃありませんよ」とのこと。あれっ、それじゃぁ橋口さんの聞き間違いだったのかしらと思っていた。
すると、お昼ごろになってかかってきたのは「医師会の橋口です」の電話。前日の電話は広報の樋口さんではなく、福岡市医師会・在宅ケアの担当理事の樋口正士先生だったのです。
原隔依頼をするときに、福岡市で昨年スタートした、「福岡市医師会方式」と言われる在宅ケア・ホットラインに、薬剤師会も参加させていただきたいとお願いをした。保健婦さんやヘルパーさんとの出会いを通しての私なりの在宅ケア論。実際に店頭で体験した、具体性を持ったものも付け加えさせていただいた。
電話口の樋口先生に「あなたが言っていたとおりになってきましたね」と言われて、大恐縮。市薬広報の樋口さんと間違っていたことを詫びて、お礼を申し上げた。それにしても、日曜日にわざわざ電話をしてまで教えてくださった樋口先生には、お礼の言葉がみつからないほどの大感激、大感謝。
日薬が提唱している介護用品の展示やマニュアル作成は、私が考える在宅ケアとは少し違っているのではないかと、文句を言った途端にこの記事だ。
こりゃぁ、日薬に悪口が聞こえたっちゃなかろうか?悪い!悪い!これだけわかっとんしゃったら、なーも言うことありまっせん。でも、ひょっとしたら日薬じゃなく、厚生省が考えてやんしゃったとかなー?
さて、タイトルのドリームの件。夢みたいなことをと言われそうだが、決っしてドリームで終わらせたくない話。医師会のある理事に伺った情報では、医師は2万円の管理料、看護婦は5,000円の訪問看護料が出るとか。それじゃ、薬剤師の場合は、もしかしたら○○円ぐらいかしら?
在宅ケアへの参加には、保健・医療・福祉といろいろなパターンが考えられる。
私は国立中央病院の処方薬を、在宅療養中の患者さんお二人に届けている。お年寄りのご夫婦だけで生活しておられる所帯と、骨折で歩行困難のおばあちゃんのお宅。もちろんその際、世間話をしながら、飲み忘れの薬の情報を聞き出したり、服薬指導をすることは言うまでもない。これは、厚生省が言うところの在宅ケアそのものではなかろうか。
たとえば、面分業でよく遭遇するご自宅への配達。高熱を出しておられたり、ご高齢で歩行が困難であったりで、どうしても配達してさしあげたいとの思いでやっている。それが在宅ケアとして位置付けられれば、無料でやっている処方薬の配達に、何がしかのフィーが付くことになる。これを黙って見逃す手はない。実際に、市薬会員さんがどれくらいの仕事量をこなしておられるか、これは調査してみる価値がありそうだ。
在宅ケアは、かかりつけ薬局なくしてはありえない。また、ガイドラインにあるかかりつけ薬局は、医療人への明るい道程であり、今その道を歩きだきなければ、薬局の未来はない。
すべての会員さんに、この道を歩いてもらうために、市薬は組織を挙げて、最大の努力をしなければならないであろう。
外来、入院の施設医療に次ぐ“第三の医療”ととらえられている在宅医療、これを夢では終わらせたくない。
決して乗り遅れられない在宅ケア。乗車券はすぐそこに。
同じ町内に民生委員をしている叔母がいます。在宅ケアとはなんだろう?薬剤師としてなにをすれば良いのだろうか?など、頭で考えても分からず、悶々としていた矢先、その叔母を思い出しました。
「もう10年にもなるのよ」とさらりと笑って答えてくれたのです。
民生委員の仕事は複雑で、福祉と言う名の元に、生活保護、老人、母子、障害者、児童福祉などたくさんの項目があって、実に多様なのです。その1つの項目の老人福祉で言うと、公民館での敬老会はもちろん、定期的な会合のお世話、地下鉄などの交通券の配布など大忙しで、むろん電話で呼ばれれば駆けつけていくそうです。
「心配事の相談も受けるけれど、こと病気や、薬に関しては何も相談されない。だから大丈夫、薬剤師として力になれる部分があるはずよ」と励まされてしまいました。薬局のお客様も大抵は顔見知りで何かあれば聞けるし、また叔母も私に「○○さん、この頃お店にこられる?」と心配して尋ねてきたりもします。
民生委員とは名前からしても地味な仕事だけれど、叔母の顔を見ているとしっかり町に根付いているのを感じます。
地域医療に参加しても、すぐにはどれだけ機能できるのか分からないけれど、叔母のように年月を積み重ねていくうちにしだいに深まっていくのでしょう。
老人性痴呆症、2000年には、150万人、寝たきり老人、現在70万人、すぐに100万人にも達するといわれています。
新聞にも掲載されているように、厚生省は在宅ケアに薬剤師の参加を押し進めていく方針を打ち出しました。医師会などに比べ、少しスタートの遅れた薬剤師ですが、まず、それぞれの薬局なりにできることから手掛けて参加すること、これがいま、急がれています。
(坂田)
市薬が所有している百道の「コートハウス」に、分業推進支援センターを建てることが、正式決定されました。
建設にあたり、市薬会報第48号平成4年7月号の表紙にある建物を取り壊します。そこで、会営業局委員会では、さら地にしていただくことを条件に無料で差し上げようということになりました。建物をご覧になりたい方は市薬に申し込んでください。
また、全部はいらないけど、システムキッチンなど一部分だけ欲しいという場合も考えられますが、まずはさら地にしてくださる方を最優先と致します。申し込み締切り8月末日。取り壊し工事完了は9月20日。遅くとも9月末日まで。
5月6日 処方検討会 Dブロック 19:00
広報委員会 19:30
7日 急患委員会 19:30
南・中央・城南(寺沢病院)処方説明会 19:30
11日 理事会 19:00
早良支部定例総会 19:00
九宅協打ち合せ 15:00
12日 福岡市計量協会総会 11:00(城戸)
13日 処方検討会 Aブロック 19:00
14日 薬局委員会 19:00
15日 北九州市薬剤師会総会 18:00
南支部総会 18:00
博多支部総会 17:30
18日 理事会 19:00
19日 城南支部総会 19:00
20日 処方検討会 Bブロック 19:00
21日 支部長会 20:00
地行浜現地説明会 19:00
25日 三役、常務理事会19:00
26日 中央支部総会19:00
27日 処方検討会 Cブロック 19:00
会営薬局検討会19:00
28日 漢方研究会19:00
6月1日 高齢者保健福祉計画策定検討委員会 15:00(会長)
3日 処方検討会 Aブロック 19:00
8日 組織委員会 19:00
広報委員会 19:00
政治資金規制法改正説明会 13:00
10日 処方検討会 19:00
九大処方せん発行打合せ 14:00
県薬(三津家、松枝、合澤、中島、小野)
すこやかライフくすりのセミナー 14:00(東月隈公民飽 木原)
12日 勤務薬剤師会総会 14:30
14日 理事会 19:00
15日 県薬地区連絡協議会 14:00
17日 処方検討会 Cブロック 19:00
19日 県薬第6回地区指導者研修会 12:50
戦没者合同追悼式 12:55
22日 支部長会 19:00
23日 学術研修会 19:00
地行浜現地説明会 19:00
24日 処方検討会 Dブロック 19:00
28日「広域病院を対象とした面分業を考える」シンポジウム
29日 急患委員会 19:00
組織委員会 19:30
30日 広報「女性座談会」 19:00
7月10日(代)福岡市薬剤師会臨時代議員会で「会営薬局準備金予算」が承認され、いよいよ会営薬局事業がスタートすることになりました。
分業推進支援センターや、モデル薬局などの仮称で進めておりましたが、今後は会営薬局にふさわしい名称を付けたいと考えています。GLに「薬局」の二文字が必要となっておりますので、○○薬局になろうかと思われます。
さくら薬局やトマト薬局では銀行さんみたいだし…。福岡市の烏、ユリカモメ薬局はちょっと長ったらしいし、地行浜薬局ではありふれているし、あー、わからん!
募集します。皆さん、知恵を貸してください。
医師会病院があるから、福岡薬剤師会薬局かなー。
(締切り 8月末日)
☆広報委員となり2度目の7月号をお届けしています。この欄に「暑中お見舞い申し上げます。」と書いたのがつい先日のようです。
1年経って、広報委員として自分をしみじみ振り返り、もっと積極的に、もっと素直に、もっと広く、と反省しています。店を空けることが少し増えて、接客も疎になり、不安でしたが、代議員会や薬草観察会などに参加でき、多くの先生方と知り会えました。楽しみが広がり幸せです。これからも宜しくご指導ください。
☆第29回臨時代議員会は樋口副議長による採決で「…議案は絶対多数で可決しました」と、歯切れの良い響きで終了しました。事前の各支部との連絡会が功を奏したのでしょう。ほんとうにお疲れ様でした。
「それにしても若手議員の発言があまり無いのが寂しいなあ…」と、あとで南島先生が話してありました。具体的な年齢は聞き漏らしましたが。
そう言えば、発言者は支部長や以前の執行部の経験者の先生が多いのかな?
若手の先生、市薬のために一肌抜いて下さい。未知数のそのパワーが期待されています。
☆学薬に加入して、近くの小学校の担当になりました。次女、三女はむろん、この私もいまからず〜と昔、卒業した母校です。
学薬と言う形でまたお付き合いが始まろうとは思いも寄りませんでした。昔のままのところに停めば、さながらタイムトンネルにのったようです。
任期は?と尋ねたら「ず〜と死ぬまで」と木原先生のお返事でした。
同じ広報の橋口先生は心強い先輩です。
今は開放プールの検査でスケジュール表と天気を比べながら、今いくべきか、明日にしようかと迷いの毎日です。
校内で顔を合わせた、顔見知りの男の子、女の子から「くすりやのおばちゃん〜!」と声をかけられて、嬉し恥ずかしで手を振って答えます。
本当はもっと適当な言葉がありそうな、気がするけれど、仕方ないのかなあ、と。
それでは暑中お見舞い申し上げます。
(坂田)